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忘却のアポカリプス 〜救国の巫女と破滅の騎士〜  作者: 辻村 恭 × 蒼龍 葵
序章 滅びの序曲
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第2話 魔壊のリーシュ


『1班は右舷、2班は左舷へと展開! 作戦通り、3班は所定のポイントへ敵を誘導せよ』


 魔法による伝令は直ちに共有される。


 厳しい訓練に裏打ちされた騎士達の、寸分も無駄のない動き。彼らは散開し、或いは集束し、各々が与えられた持ち場へと最短で駆けた。


 メタトロン最強、王族直轄騎士団【(フレイア)】──猛々しい赤備えの装備は選び抜かれた者にしか着用を赦されない。

 全ての兵士から憧憬と羨望の眼差しを向けられる彼らは、王族のみならず民の希望そのものだ。総勢50余名の少数精鋭部隊だが、それでも一同に介することは珍しく、戦場が赤く染まる様はまさに壮観であった。


 その中に1人、文字通り異彩を放つ青年がいる。

 蒼い軽装鎧(・・・・・)を纏い、縦横無尽に駆け巡る仲間達を他人事のように眺めながら、緊張感の無い欠伸をひとつ。


「早く終わんねえかな」


 リーシュ=フォレスト。2つ名を【魔壊のリーシュ】。


 季節こそ動かないが、正確に刻を追えば今年で26歳になる。切れ長の目に覗く瞳は茶褐色で、鋭くもどこか柔らかい。

 蒼いバンダナに綴じられた、金色に煌めく長髪。緩くウェーブのかかるそれは1本1本が動きを定められたかのように、一分の隙も無く風に遊ぶ。

 更に180センチ近い身長と引き締まった体躯は、細身ながら英雄譚に登場する騎士のようだ。


 そのまま額にでも飾ることが可能なら、さぞかし見栄えがするだろう。但し、黙ってさえいれば。


「ずっと春なのも考えモンだな。こう日和が良くちゃ、すぐに眠くなってさ」

「何言ってんですか、リーシュさん。早く行かないとまた団長に大目玉ですよ」


 すぐ側で直立不動の姿勢を保つ新人騎士、ジェイは気が気ではない。そこにいることを許されたのは見学を命じられた彼だけだ。

 悪魔にも例えられる厳しい団長。それが大事な演習でサボりなど容認するはずがなかった。


「いいんだよ。俺が出ると演習の意味ねえし」


 金髪の騎士は、自分には関係ないとばかりに近くの岩影へ腰を下ろしてしまう。

 ジェイは困ったように押し黙った。


 上官と部下という間柄を飛び越して、師匠と弟子の関係にある団長とリーシュ。確かに、最強の呼び声高い団長を既に超えたとする評判や、(フレイア)でも随一の実績がリーシュにはあった。

 しかしながら、彼の戦う姿を実際に見たことがないジェイにはまるでその実感が伴わない。


 ジェイの知るリーシュとは、口に加えて素行が悪く、その容姿を武器にした女たらしで、名誉ある(フレイア)の一員からは程遠いのである。

 何より誰もが誇りにするはずの赤鎧を、「バンダナに合わないから」という理由だけで蒼鎧に変えてしまったような先輩だ。


「お、来たぞ」


 新人騎士にどう思われているかなど全く気にもせず、リーシュは演習風景をすっかり観客として見ていた。

 思わず「はあ」と息を吐き、視線を上げたジェイが──その身を凍らせる。


「え……ええっ!?」


 死角から姿を現したのは、人間ではなかった。


 身の丈は3メートル以上あろうか。2本の腕、そして足は人のようだが頭にも2本の角が生え、その先は少し曲がっている。

 顔立ちは獣。肌は濃い茶色。鎧のようにゴツゴツした筋肉を、更に硬そうな体毛が覆う。

 身体の至る所から吹き出す青白い光は、視認できる程に高い魔力の顕れだった。


「ば、化け物……」


 他に形容する言葉は思いつかなかった。だがジェイが唖然とする先で、騎士達は他でもないその化け物と交戦し始める。

 剣で、或いは槍で。後方から弓矢の援護もあるようだ。


「召喚獣……ですか。かなり高位な魔法だと習いましたが」

「そうじゃねえ。魔法師団【(ミスト)】が作った仮想敵──ただ魔力を生き物っぽく見せてるだけだ。だから、よってたかって攻撃しても可哀想だなんて思うなよ?」


 言われずとも、そんな気は微塵も起こらないジェイであった。1対1であんな化け物と戦える者などいないだろう。

 そもそも、騎士道に反した多勢に無勢──それこそが、この演習の目的なのである。


 忌むべき〈敵〉との戦いはいつもこのパターンなのだから。


 作戦通りの配置と戦術。しかし、顔を合わせるだけで道を譲ってしまいそうな強面の男達が、総掛かりで攻撃を加えてもなかなか化け物は崩れない。

 彼らも決定的なダメージこそ受けてはいないが、反撃の糸口さえも掴めず、ジリジリと戦線を下げる様子が見て取れた。


「……意外に苦戦してやがるな。前のじゃ『弱すぎる』ってクレームつけたから、(ミスト)の奴らも意地になったか。──おっ?」


 そこへ飛び込んだのは、槍を手にした赤い髪の女。


 【炎槍のセシリア】。リーシュと同い年でまだ若いものの、鍛練と実績を積み(フレイア)の副団長にまで上った女性初の騎士である。


「せ……セシリア様っ!」


 途端に顔を輝かせ、ジェイが食い入るように戦場を見つめる。才色兼備の彼女を慕う男は数知れない。


(現金な奴……さっきまでビビってたくせに。この肝っ玉、新人とはいえこいつも(フレイア)か。それにしても、もうセシリアを出すなんて)


 苦笑しながらリーシュはやや面を引き締めた。その視線の先で、セシリアの【魔装具】が火を吹く。

 攻撃、防御の別を問わず、触れるもの全てを灼き尽くす──それが彼女の槍、【ヒートソウル】の能力だ。


 セシリアの登場で形勢は一気に逆転した。

 彼女がヒートソウルを振り回す度に炎はみるみる拡大し、化け物に纏わりつく。最後に豪快な突き技を受け、遂にそれは膝を着いた。


「さすがっ! 勇者(プレイヤー)とやらがどれだけ強いのか知りませんけど、セシリアさんがいれば怖いものなんてありませんよ。ねっ、リーシュさ──ん?」


 振り返った先にリーシュがいない。


 戦場へ、化け物へ向かって一直線。その動きを目で追えた者は(フレイア)の中にさえ殆どいなかったに違いない。


「【召剣・セラフクライム】!」


 求めに応じ、異空間から剣が召喚された。(フレイア)に名を列ねるために必須となる、武器召喚魔法である。

 柄から十字鍔、刀身までが黒いそれを左手に持ち、熱気の中心へと身を躍らせるリーシュ。


 一方、セシリアも異変を察知していた。背筋に走る悪寒、そして返した瞳に、致命の一撃を与えたはずの化け物が。


「ぐっ……馬鹿な」


 完全に後手を踏んだ。彼女へと振り下ろされる、名も知らぬ化け物の拳──。


 だが危機は容易く払われる。無造作に、幾重にも模様を描く剣閃──そしてひっくり返されたパズルのように、バラバラと方々に散る化け物。


「再生とか……凝り過ぎだっての」


 煙が風に運ばれた時、リーシュはもう納剣(・・)していた。

 セシリアは暫し呆然としていたが、やがて両眉を吊り上げると槍先をリーシュに向ける。


「何の真似だ、リーシュ! 私があの程度の輩に遅れを取るとでも言うのか」

「うるせえな、身体が勝手に動いたんだよ」


 リーシュは乱暴に槍を押し退け、代わりにその端正な顔をグッとセシリアに近づけた。

 何物にも物怖じしないナイフのような視線が突き刺さり、途端に女騎士の顔に赤みが差す。


「わ、私とて(フレイア)の一員だぞ。女だからと馬鹿にしているのか」

「女は無条件で守る──と言いたいとこだけど、お前は特別なんだ。万一にでも怪我したら、誰が俺の背中を守ってくれんだよ」

「……またそんな……勝手なことを……」


 反論する語気が弱くなり、セシリアは目を逸らす。

 リーシュが他意なく異性を惹き付けることも、セシリアが素直になれないことも、いつもの光景であった。


 そんな日常が、唐突に終焉を迎える。

 常ならぬ日こそを想定した訓練の場で、それを嘲笑うかのように。


「──何か騒がしいな」


 化け物は再生も不可能な程、斬り刻まれた。騎士達の視線は既に大地から離れ、遥かな南の空を仰ぐ。

 リーシュらも釣られたように顔を上げた。


「何だ?」

「空が──」


 夕暮れにはまだ早い。いや、時刻が合っていてもはっきり別物だと分かっただろう。


 急激に染まりゆく空はそれ程に赤く、禍々しく。

 不吉なるもの全てを率いるかのように、一面に広がっていく。


 その時──。

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