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考えることにしました

これはきっとデートです

現在私は、魔王に手をとられて夜の森を歩いている。彼の魔法で足元は明るく照らされているが、それでも心配だからと手をつながれた。

魔王の白い手は見た目に反して温かく、伝わる熱は心地よかった。



―――見せたいものがある。今夜、少し私に付き合って欲しい。



朝食を済ませた後、廊下で出会った魔王にそう誘いをかけられた。断る理由もなかったし、魔王と話したいこともあったのでこれ幸いと頷き、今こうして二人で出かけている。

彼は私に歩幅を合わせてくれているらしく、歩みはゆっくりで息があがることもない。それでも時々「疲れていないか?」「休まなくても平気か?」と声をかけてくれて、いつも私を置いて行ったアーサー殿下とのあまりの違いに戸惑いつつ、どこか温かい気持ちにもなった。



「ここからは月明かりを頼りに歩くが……もしもの時は支えるから安心して欲しい」


「ええ、わかりました」



今宵は満月で、森を抜ければそれなりに明るかった。魔法の明かりがなくても歩くことに支障はない。

月明かりに照らされた魔王の横顔は綺麗で、少し見惚れてしまいそうになる。太陽の下では青くも見える彼の髪は、今は夜に溶けてしまいそうな黒。昼と夜で見え方が違う不思議な色だ。

虫の声と私たちの足音しかしない道中はとても静かで、私と魔王の間にはぽつりぽつりとしか会話がなかったけれど、居心地が悪いことはなかった。

そして小さな丘を越える時、「これを見せたかった」と振り返って魔王が笑った。



「……すごい……!!」



一面、光るタンポポの綿毛のような花で埋め尽くされている。きらきらと銀色に光って小さく揺らぐ姿はまるで光の海。例えるなら蛍の光のような優しい明かりで、それらが風にそよぐ姿はとても幻想的だった。



「満月の日だけ見られる月光花だ。人間の国にはない植物だから、アイリーン嬢は見たことがないだろうと思ってな……気に入ってもらえただろうか」


「ええ、とても……綺麗です」


「……よかった」



暫く輝く花に目を奪われていたが、ふと視線に気づいてそちらに顔を向ける。真剣な表情の魔王と目が合い、心臓がドキリと跳ねた。



「私はビリーの話でしか、アイリーン嬢のことを知らない。けれど貴女は確かに私の心の支えだった。……苦しい時にビリーから貴女の話を聞くと、心が軽くなった。ずっと、会いたいと思っていた」



それは私が魔王から聞くつもりだった、彼が私をどう思っているかという話だった。私の目を見つめる魔王から、視線をそらすことが出来ない。闇のように深い瞳に吸い込まれてしまいそうだった。



「先日は、突然すまなかった。私は貴女に焦がれていたのだ。初めて会った相手に結婚を申し込まれても困惑するだけだとは思う。けれど私は貴女に傍にいて欲しいと思ってしまったんだ……私は魔族で恐ろしいかもしれないが、貴女に好いてもらえるように努力する。だから、考えてみて欲しい。私の妃になることを」



そうして魔王は、初めて会った時の様に私の掌に形の良い唇で触れた。

……そう言えば、掌へのキスは懇願を意味するのだったな、と思い出しながら美しい絵画のような光景をどこかぼんやりした頭で見る。


少し、混乱しているのかもしれない。こんな風に、求められたのは初めてだったから。


私にとって結婚というのは、夢見るものではなかった。とても政治的で、責任を伴う……そう、いわば仕事のようなものだった。

アーサー殿下との婚約は、殿下と歳の近い娘たちの中で一番魔力量の多い私が選ばれただけのこと。私と殿下の間に恋愛感情などは存在していなかった。将来現れるであろうヒロインが殿下を選ぶなら身を引いて家の利益になる結婚をし、そうでないなら殿下を支えて国を守っていかねばと、覚悟もしていた。そこにあったのは責任感や使命感というようなもので、私も殿下も相手自身を望んでいたわけではなかった。


けれど今、国も立場も種族も関係なく、目の前の魔族が私という個人を望んでくれている。

嬉しくないはずはない。初めて、私自身を見て必要としてくれている人が現れて、嬉しくならないはずがない。この人に応えたい、応えられるようになりたいと思ってしまう。



「わかり、ました。考えてみます」



考えてみるとは言ったものの、私の答えはほとんど決まっていた。ただ、もう少し冷静に、国のことやこれからのことを考える時間がほしい。だからもう少しだけ、この人に待っていてもらいたい、という非常に身勝手な思い。それでも魔王は嫌な顔はしなかった。



「っ……あぁ、ありがとう」



綺麗な顔をくしゃりと歪めて嬉しそうに笑う魔王の顔は愛らしかった。痛いくらいに強く握られた手から伝わる熱が私にも伝染したらしい。少し顔が熱い。



「アイリーン嬢、一つ頼みがある」


「なんでしょうか、魔王様」


「魔王、ではなく……私の名で、呼んでほしい」



魔王がじっと見つめてくる。名前というのは、出会った時に言っていたあの名前だろうか。

私が何か言わない限り動かなさそうだったので、あっているか少し不安になりつつその名を口にした。



「リヴァルト様……」


「ありがとう、アイリーン嬢」



満足そうに笑った顔は、やはり愛らしい。この人は笑うと可愛いんだな、と考えつつなんだか気恥ずかしくて顔をそらした。なんだか耳まで熱い気がする。



「………腕の中に閉じ込めてしまいたいくらい可愛い」



魔王の小さな呟きは、突風にかき消されてよく聞こえなかった。何を言っていたのか尋ねようとした私の視界に、光が入り込む。



「わぁ……!!!」



月光花の花びらが、風で一斉に舞い上がったらしい。きらきら輝く綿毛のような花びらが空へ向かって飛んでいく。たくさんの星が流れるような光景に魅入ってしまい、花びらが一枚も見えなくなるころにはすっかり、聞き漏らした魔王の言葉のことが抜けてしまっていた。



「そろそろ帰ろうか、アイリーン嬢」


「はい、まお……リヴァルト様」



魔王、と言いかけると途端に悲しそうな顔をした魔王改めリヴァルト様は、名前を言い直すと直ぐに小さな笑みを浮かべた。

……シュマリナ国の人間に、教えてやりたい。極悪非道で残虐無慈悲だといわれている魔王は、実は繊細で可愛らしい人だと。


行きと同じくリヴァルトに手を引かれ、行きより会話を弾ませながら城まで帰った。城の入り口で「お帰りなさい。よかったですね」とニコニコ笑うビリーに迎えられたのだが、どういう意味だったのだろうか。




おまけ。デートの前日の魔王とビリー


「魔王様、女性は綺麗なものが好きみたいですよ」

「……そうか」

「母上……アイリーン様も綺麗な物がお好きみたいです。魔王様のバラを見て嬉しそうにしていましたよ」

「喜んでくれたのか、よかった」

「……魔王様、そう言えば明日は満月ですね」

「………満月……?あぁ、明日は満月か……!!アイリーン嬢に明日の夜の予定を訊かなくては」

「アイリーン様はもうお休みですから、明日の朝訊かれると良いと思います」

「ん、あぁ、そうだな。明日の朝だな……」

(魔王様、本当に母上が好きなんだなぁ……)



――――――

なんてことがビリーと魔王の間でありました。

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