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知られていました

編集中に途中で投稿してしまうというミスがありました。すみません。

聖シュマリナ国の人間なら、誰でも知っている絵本がある。

それは魔王の残虐非道さと、恐ろしさを伝える物語。捻じれた角の生えた恐ろしい姿の魔王が、一つの国を滅ぼし魔物の国を作ったというお伽話。


目の前の魔王とは大分、かけ離れた姿だな、と。絵本の醜く恐ろしい魔王(今考えれば、魔物の頂点に立つ魔王が人間からほど遠い姿であるはずはないのだけれど)の挿絵を思い出して現実逃避をしてみたが、現実が変わる訳もなく。私の掌に口づけした魔王は顔を上げ―――私の右手首にはめられた魔力封じの腕輪を見て、美しい顔をゆがめた。



「……感じられる魔力が弱いはずだ。人間は、同族にこのような呪いをかけるのか」



呪い。確かに呪いだ。使用した者の魔力を吸いながら、命を落とすまで魔力を封じ続けるなんて。

魔王が私の腕輪に触れる。瞬間、眩い閃光が走り、腕輪が音を立てて崩れ去った。


(…え?腕輪が壊れた……?)


これはダイヤモンドより硬いミスリルで作られた腕輪だ。簡単に壊れる物ではない。強い魔力を込めると壊れるという説もあったが、国一番の魔力を持つ大魔導士にも壊すことはできず、この腕輪の頑丈さは永遠のものとすら言われていたのに。

腕輪が壊れると同時に魔封じの効力もなくなる。私の内に抑えられていた魔力がふわりと自分を包み、安堵でほぅ、と息が漏れた。真冬の庭で脱がされた上着を取り戻したような感覚、といえば分かるだろうか。



「あぁ、聞いていたとおりの澄んだ魔力だな……美しい。これを抑え込むなど、人間はなんと愚かなことをするものか」



私のことを誰かから聞いているような口ぶりに、首をかしげる。なぜ私のことを魔王が知っているのか不思議でならない。



「魔王様、少々質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


「うん?なんだ」


「魔王様はなぜ、私をご存知で……しかも、妃にと望まれるのでしょうか」


「……それは…………」



言い淀む魔王はほんのりと頬が赤いように見える。肌が白いから、分かりやすい。おそらく気のせいではないだろう。そんな姿の魔王がなんというか、極悪非道残虐卑劣の魔王という物語のイメージから離れすぎていて彼が魔王だという実感がわかない。

魔力制御がなくなったからこそ、彼の桁外れの魔力の波動も感じるのだけれど、それも恐ろしいものだとは思えないのだ。断罪されながら浴びせられた鋭い視線のほうが痛くて、怖かった。



「そうだ、先にビリーから"なぜ知っているか”を聞くといい。疲れているだろうし、休んだほうが良いな。アイリーン嬢の部屋に案内させよう。ビリー、いいな」


「はい。魔王様」


「では、アイリーン嬢。また後ほど」



背を向けて颯爽と立ち去った魔王の背中を見送る。

誤魔化して逃げたようにしか思えない魔王の行動に、内心混乱していた。私を取り巻く環境がコロコロと変わりすぎて頭がついていかないのだ。



「母上、こちらへ」



まず、ほんの少し前まで私は死刑を待つ身。未来に死しか感じられない状態だった。

そこに現れたビリーという魔族から、魔王の元に来て欲しいと請われ、どうにでもなれという気持ちで魔王の元に行くことにした。

そして魔王に会ってみれば、妃になってほしいと言われ―――これが一番謎だ―――現在、ビリーに案内されて私の部屋だという場所につれてこられた。


華美ではないが落ち着いていて品のいい家具、天蓋つきの大きなベッド。生活に必要なものが一通りそろえられた部屋で、勧められたとおり低反発の柔らかなソファに腰を降ろした。



「母上、僕の話を聞いていただけますか?」



湯気の立つ温かなミルクティーを差し出される。……私が好んで紅茶にミルクを入れることを、もしかして知っているのだろうか。家でしか、しないのだけど。



「ありがとうございます。……聞かせてください、ビリー様」


「敬称などつけないでください、母上。僕は母上に"ビリー”と呼んでほしいのです」



困惑する私に、彼は笑っている。向かいのソファに腰を下ろしたビリーは何から話すべきですかね、と少し迷って―――とんでもないことを言い出した。



「母上は、前世の記憶というものを信じますか?」



固まった。何を言い出すのだと思って。

――私は、前世の記憶を持った異世界からの転生者だ。そんな話題を出されたら、驚かないはずがない。

動揺を取り繕うために、一口紅茶を口に運び……さらに驚く。入れられた砂糖の甘さが、家の侍女が用意する紅茶と変わらない―――つまり私の好みピッタリなのだ。



「……信じます。けれど……なぜ、そんな質問を」


「魔族には、時々前世の記憶を持って生まれる者がいます。僕もそうです」



ビリーの話に、思わず彼を凝視した。

前世の記憶があるということは、一度死したということ。私はビリーという名の、命を落とした者を一匹(・・)だけ知っている。



「僕の前世は小さなスライム。人間の、しかも貴族の少女に拾われ、しばらく共に暮らしていました」





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