見ていました
久しぶりのアイリーン視点。前半は前のお話と被ります。
体に力の入らない様子で床に這いつくばる4人の姿を見ても私の心は凪いでいた。平穏そのもの、怒りを感じることもなければ、悲しみを感じることもなく。本当に、私にとってこの人たちはもう何でもない。リヴァルト様は私を心配してくださっていたけれど……。
『貴女を傷つけた者達を裁くつもりだ。だが、貴女はここで待っていてくれればいい。そうすれば、私が奴らを貴女に二度と近づけないようにする』
少し前、私の部屋を訪れた彼はそう言った。けれど私は首を振った。これは私に関わり深い出来事なのに、私が逃げて良いことではないと。だから裁きを下すその場に居させてほしいと。リヴァルト様は少し困った顔で「また怖い姿を見せてしまうかもしれない」なんて言っていたけれど、そんなことを言う彼が可愛くて笑ってしまった。
『大丈夫です。私はリヴァルト様をお慕いしております。事が片付きましたらその時は私を―――』
赤く染まった彼の顔を思い出し、笑いを零しそうになったが堪える。今私の姿はリヴァルト様の闇魔法で柱の影と一体化して見えないようになっているけれど、声は聞こえてしまうから。
私はリヴァルト様に呼ばれるまでここから動かず、成り行きを見守ること。それがリヴァルト様との約束だ。
それからはただ見ていた。ウォルフがリヴァルト様に斬りかかり、返り討ちに遭って吹き飛ばされるのも。アインが生気を無くした目をして、全てを諦めた情けない姿をさらしているのも。リザベラが本音をばらされて、それを聞いたアーサーが真実を知って膝を折ったのも。黙って見ていた。リヴァルト様に呼ばれるまでずっと。
「こう言っているがどうする、アイリーン?」
名を呼ばれ姿を見せた私を、アーサーが縋るように見ていた。それを無視してリヴァルト様の隣に並ぶ。
「どうもいたしません。シュマリナ国を追われた私に、その方は関係がございませんから」
「それもそうだな。貴女はもう、この国の者だ」
微笑みを向けてくれるリヴァルト様に微笑み返す。彼は私をこの国の者だと言ってくれる。私はもう聖シュマリナ国のアイリーン=テンペジアという貴族ではない。リヴァルトという名の魔王が治める国のアイリーンなのだ。だからこそ、口にできる言葉がある。
恐らく謝罪でもするつもりだろうアーサーの言葉を遮り、断りを入れてから一言。私がずっと彼に言いたかったことを言わせてもらう。
「私はここで幸せになりますから、二度と邪魔しないでください。二度と、この国に来ないでください―――大っ嫌い、馬鹿王子!」
自然と笑顔になった。胸の内にたまっていたものはこれで、スッキリなくなった。
王子としての自覚も責任感も足りないこの王子に何度も私は王族としてあるべき姿を説いてきた。けれど一切聞く耳持たず好き勝手やっていた彼にずっと言ってやりたかった言葉だ。
「楽しそうにしてるとこ悪いけど、このゲーム終わらせてもらうわ」
私を妙に熱のこもった目で見て悔しそうにするアーサーは、すっかり存在を忘れていたのか飛び込んできた声にハッとしてそちらに顔を向けた。刃物を持つリザベラは、ぶつぶつとゲームのことを喋っている。アーサーを刺してバッドエンドを迎えてやり直す、という彼女の言葉の意味が分かるのは、この世界で私だけだろう。
アーサーに向けられた刃はビリーによって止められた。偉いでしょう褒めて、といわんばかりの笑顔を向けられて苦笑する。そんなビリーにリザベラが叫んだ。
「っ…なんで、なんでよ……!!なんでディグルまでその女に…ッ!!!」
「うるさい。喋るな。これ以上母上を侮辱したら許さない」
彼女は私と同じ、この乙女ゲームを知っている転生者だ。そしてゲームをゲームのままだと思っている彼女に少しだけ同情した。彼女は今の人生を現実だと思っていない。だから無茶苦茶なことをしている。これが何十年と続く現実だと知ったら……どう思うだろうか。
「なんで……ディグルは、……こんなの、ディグルじゃない……っ」
「言ってるだろ、僕はビリー。ディグルなんて魔物はこの世に存在しない」
私はディグルという名を知らない。私が知っている乙女ゲームの登場人物でもない。もしかすると、私の死後リヴァルト様やビリーが攻略対象となる続編が出たのかもしれないな、と思いつつリザベラを見る。彼女はきっとディグルが大好きだった。いや、愛していたのかもしれない。ビリーは私が助けたスライムにつけた名で、その記憶を持つデーモンが名を引き継いでいるのだから、私がビリーと暮らすことがなければ“ディグル”というデーモンが誕生したのかもしれない。けれどそれはなかった。
私がアイリーンでなかったら、彼女は想い人と結ばれたのかもしれないが……これが現実だ。ビリーの言うとおり、リザベラが愛するディグルなんて魔物はこの世に存在しないのだ。
「リザベラ、現実を見なさい。貴女はヒロインでも主人公でもない、ただの一人の人間なんですよ」
「っ何よ!!アンタが全部悪いんじゃない!!アンタさえいなければ!!アンタがっ…!?」
リザベラの体が崩れ落ちるように地に伏した。顔は見えない(というか見ないようにしている)ビリーからとんでもない怒気を感じるので、また彼の結界に閉じ込められたのだろうと予測は出来るが……ピクリとも動かないのだけど、ちゃんと生きている……よね、きっと。意識があるのかどうかも不明だ。口の端から泡がこぼれているようにも見えるけれど―――本当に大丈夫だろうか。
「魔王様、これ以上見るにも聞くにも堪えないと思いましたので勝手に黙らせました。申し訳ありません」
「いや、いい。そいつにはもう黙っていてもらえ」
「はい」
リヴァルト様の声も多分に怒りが篭っていらっしゃる様子で、とてもじゃないが振り向けない。正面からリヴァルト様を見ているアーサーの顔から察すると、とても怖い顔をしているのだろう。
「どうした、シュマリナの王子。ショックから立ち直れないか?ふふ、私からお前にもいいものを贈ってやろう。【真実の耳】という魔法でな、相対する者の本音が聞き取れる。これでもう騙されることはなくなるぞ、感謝するといい」
いつになく饒舌に、優しい口調で語りかけるリヴァルト様とこちらに助けを求める目を向けてくるアーサーを見ないように目を閉じた。未だに私に助けを求められるほどお目出度い頭の持ち主なのだ、少しは懲らしめられるといい。
王子であるアーサーを見捨てた自分に少し可笑しくなった。きっと一ヶ月前なら、大嫌いなこの王子でも私は庇っただろう。でももう、私はシュマリナの国民ではない。もうこの王子に、あの国に縛られることはないのだ。
「ビリー、終わったら即刻こいつ等を国に送り飛ばせ」
「よろこんで」
こうして王子一行は、強制的に帰還していった。
……そういえば、彼らはここに何をしに来たのかしら?
国に帰ってからが大変だと思うんですよねぇ…ってことで次はシュマリナ国がどうなったかを書きたいです。
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