※悪夢が見せた真実
引き続き…アーサー視点
俺をいたわるような笑顔で、その口は確かに「ありがとう、大丈夫」と動いたはずだった。けれど聞こえてきた声は全く別のもので、俺が思わず固まると彼女は心配そうな顔をする。
「このグズ、何固まってるのよお姫様を助けるのが王子の役目でしょ」
どういうことだ。一体なにがあった。理解できない現状を誰かに説明してほしくて、視線を動かす。魔王は楽しそうな顔をしているし、ウォルフは気絶をしている。デーモンは相変わらず害虫でも見るような嫌悪の目をこちらにむけて、アインは……。
「……真実の口だよ、アーサー」
生気のない目と声で、そう言った。
「どういう、ことだ」
「本人の心の声が、本音が周りに聞こえるようになる高度魔法だ。本当に思ったことを口にしているなら、聞こえる声と姿に差異はなく……偽りを述べているなら、本人以外に真実が伝わる」
「何を、言っているんだ?リザベラがあんなことを言うはずがない。そうだろう?」
「……重要な証言を取る時に使うのを見た事がある…魔王が使ったのはは間違いなく、真実の口だ。リザベラが言ってるのは紛れもない本心なんだ……」
アインは我が国が誇る大魔導士だ。魔法の知識とそれを扱う能力は誰よりも優れている。その彼が、全てを諦めたような顔をして信じられないことを言っている。
嘘だ。嘘だと言ってほしい。もう一度、リザベラを見る。リザベラは困惑した様子で、目に涙をためてとても可哀想で。弱くてもろくて守ってやらねばと、そう思う表情なのに。
「何の話をしてるわけ?どうでもいいからはやく、魔王と戦ってよ。お姫様を傷つけようとしたのよ、なんで何もしないの」
彼女の口の動きと、聞こえてくる言葉は酷くずれていた。読唇術は使える。だからリザベラがなんと言っているか分かる。けれど聞こえてくる声があまりにもリアルで、俺を心配する言葉も、健気に思えるはずのセリフもすべてが嘘に見えてくる。
アイン程の魔術師がいうのだから、この言葉はすべて真実なのだろう。リザベラは、俺の知っているリザベラではなかった。急激に熱が引いて、寒さを感じるようになった。足元か崩れ落ちるような、信じていたものが壊れる感覚が恐ろしかった。
「はは……可笑しいと思ったんだ、そう思うことはたくさんあったのに……見て見ぬふりをしたんだ。こんな女のために……僕は、僕は……魔王、殺すならはやく、一思いにやってくれ」
アインの正気を疑う言葉にギョッとして目を見開く。アインは国随一の魔導士としてのプライドを持っているはずだった。魔法があればウォルフにも負けないと自信満々の表情で語っていた彼がどうして、こんなに弱気になっているのだろうか。
「おい、アイン!!何を言ってるんだ!?」
「アーサー、この魔王に勝てるわけないだろ。ウォルフの剣が魔障壁に当たって折れたの、見なかったのか?」
魔障壁。魔族がまとっている、魔力の鎧のことだ。それは魔力の多さに比例して厚く、頑丈になり、強い魔族であるほど物理、魔法共々の攻撃が通り辛くなる。
……たしかに、ウォルフの剣は魔王に当たるより先に折れて吹き飛んだ。けれど、そんな分厚い魔障壁が存在するだろうか。
「ばかな、ありえない」
「あり得るよ。その証拠に、真実の口をたった一人で発動して平気そうな顔をしてる、化け物だ。……あれは、大魔術師が何十人も集まってようやく発動する代物だ……ほんと、規格外だよ。僕には分かるよ、一目見た時から……感じる魔力が桁違いなんだ…勝てるはずないんだ、人間の戦う相手じゃない…」
「だからって、諦めるのか。俺たちはここに……」
俺たちはここに、リザベラの願いでアイリーンを助けるためにやってきた。だが、リザベラの本性が聞こえてきたような自分勝手なものだとしたら、誰かを救うなんてそんなことを願うだろうか?
もう一度、リザベラを見る。俯いていて表情は窺えない。
魔王の発動した魔法がアインを騙すほどのもので、リザベラはやはり優しい女性なのではないだろうか。という気持ちと、魔法が本当だったとしたらリザベラがここに来たかった理由は一体何なのかという疑問が浮かんでくる。問いかけようと、彼女の名を口にしようとした瞬間、彼女がバッと顔を上げた。
見た事のない顔だった。目を見開き、歯を食いしばり、怒りに染まった恐ろしい顔。
「何よ!!私が何を思おうと勝手じゃない!!あんた達なんでそんな顔してるの!?私のおかげで幸せだったでしょ!!感謝しなさいよ!!!」
今度は、口の動きと聞こえる言葉に、差異がなかった。
「なんでシナリオ通りにいかないの?ディグルがなんでディグルじゃないのよ。魔王も私に変な魔法をかけるし、そもそもアイリーンが私を虐めてこない時点で可笑しかったのよ、バグだらけじゃないこのゲーム。早くやりなおさないと……」
リザベラの言葉はほとんど理解ができなかった。何を言っているか、まったく意味がわからない。ただ、一つだけ引っかかった言葉があった。分かりたくない、理解したくない、じわじわと不安がこみあげてくる言葉が。
「アイリーンが虐めてこなかった?どういうことだ?」
「どういうことも何もないわよ。あの偽善女が人を虐めるなんてことするわけないでしょ」
リザベラが鼻で笑いながら俺を見る。分かりたくない事実がじわじわと胸に広がってくる。もし、本当に、俺の考えていることが事実だとすれば。俺は。
「……殺されそうになったって」
「嘘に決まってるじゃない」
「でも、目撃者が」
「目撃者なんて光と水の魔法で幻覚見せればいくらでも作れるわよ」
アイリーンは、本当に何もしていなかった。何もしていないのに、大衆の面前で汚名を着せられ、婚約を破棄されるという屈辱を受け、家名を奪われて、仕舞いには追放とは名ばかりの死刑を受けさせられた。それが真実ならば、俺は。いったい、何をしているのだろう。
アイリーン=テンペジアは完璧な令嬢だった。派手な格好をしているわけでも、奇抜な行動をとっているわけでもない。ただ立って、歩く。それだけの動作で人目を引く。本当にできる人間というのは何をしているわけでもなく目立つのだと、俺はアイリーンを見て知った。同時に己の未熟さを知り、それを恥じて、隣に立てば立つほど己がみじめに思えて、彼女を遠ざけた。そんな相手が虐めをしていると聞いて心底ほっとして、それを信じ込んだ。己が目で見た訳でもないのに。俺はただ、自分を磨くこともせず完璧だったアイリーンに嫉妬した、醜いプライドの塊だったのだ。
それに今気づいたとして、もう遅い。アイリーンは国中にとんでもない悪女として知れ渡り、テンペジアの家から抹消された。それだけじゃない。俺の彼女に対する扱いは周知の事実で、自然と彼女の周りには人が居なくなった。次期王から避けられる者と、誰が親しくしたいと思うだろうか。婚約者だとしても寵愛を受けそうな様子もなく、利用価値のない者として周りからも切り捨てられ、彼女はずっと一人だった。彼女はいったい、どんな気持ちで毎日を暮らしていたのだろうか。婚約者から避けられ、友を作ることもできず、貴族界で婚約者に愛想を尽かされたと囁かれ……それはどのような生活だっただろうか。
「真実を知った感想はどうだ?」
優しい口調、優しい声で、笑顔の、しかし目だけは笑っていない魔王の問いかけに、俺は答えられなかった。
書きたいことはたくさんあるのにまとまらなくてなかなか難しい……
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