※悪夢の始まり
バカ王子……じゃなくてアーサー視点
魔王とは、残虐で、冷酷無慈悲で、悪逆非道で、絶対悪。その悪性が姿にも表れ恐ろしい、おぞましい姿をしていると幼いころから聞かされてきた。
その魔王の前に、今。俺は仲間と共に引きずり出された。俺たちには何らかの魔法がかけられているらしく、自由に体を動かすことのできない無防備な状態で、敵に旋毛を見せる情けない恰好のまま……こんなあられもない姿、国民には見せられないだろう。俺たちを連れてきたデーモンが頭を垂れた、その魔王は――――醜さとは程遠い、作り物のように整った姿をしていた。
「ご苦労。さて……話をしたいが、その恰好ではな。ビリー、少し結界を弱めてやれ」
「……はい」
デーモンのどこか不服そうな声と共に、力の入らなくなっていた体が少しだけ動くようになった。立ち上がることはできないが、結界が解けたら即、魔王に切りかかれるように片膝を立てて体勢を立て直す。他の仲間も同様、いつでも攻撃に入れるよう構えているが何故かリザベラだけはペタリと座り込んで無抵抗の様子だった。
「私が何故、お前たちを呼んだと思う?」
「……俺たちを処分すれば、我が国の制圧が楽になるからだろう」
「私は毎年講和条約の提案をしているはずなのだが……信用されていないのか」
何故か、魔王が悲しそうに見えた。そんなことはありえないはずだ。魔王は、絶対悪。毎年の平和交渉だって、我が国を油断させて乗っ取るつもりだというのが満場一致の議会意見だ。
「まぁいい。今は関係のないことだ……今回呼んだのは、お前たちが無実の罪を着せて殺そうとした少女についてだ」
恐らく俺は、今とても間抜けな顔をしてしまっただろう。全く身に覚えのないことだ。何のことかさっぱり分からず、仲間の顔を見てみるが、大体皆同じような顔をしていた。驚いて、目を軽く瞠っている。
「何も分かってない、という顔だな。……ここまで愚かだと、怒りを通り越して憐みすら感じる」
「なっ……貴様、我らを愚弄するか!!」
叫んだのはウォルフ。俺も同じ気持ちで、魔王を睨む。そんな俺たちに魔王は嘲るでも怒るでもなく……憐憫のまなざしを向けるだけだった。
「愚かな者に愚かだと言って何が悪い?…しかし、お前はうるさいな、早々に静かになって貰うとしよう」
魔王の視線がデーモンに向けられた。頷いたデーモンが軽く手を振るとウォルフを囲っていた魔法が解けたらしく、彼は全速力で魔王に向かって行った。大層な椅子に深く腰掛けた隙だらけの魔王が、わが国が誇る騎士団最強のウォルフに敵うわけがない。彼の剣は大柄な外見からは想像できないほど早く、正確に相手を切り裂く。魔王もそうなる、はずだった。
「人間にしては、強いのだろうな」
ウォルフの刃は、魔王に届く前に折れて吹き飛んだ。何があったか理解できないのだろう、ウォルフは魔王を斬りつける体勢のまま固まって、ゆっくりと魔王の手が彼に向かう。
「危ない、避けろウォルフ!!」
ウォルフの巨体が俺たちの横を通り過ぎて飛んで行った。後ろで、壁にぶつかったらしい音が聞こえて……振り返るのが恐ろしく、ただ茫然と魔王の姿を見るだけだった。
「安心しろ、軽く指で弾いただけだ。死んで貰っては困る」
魔王のぞっとするほど冷たい目が、俺をとらえた。次は、俺か。緊張で口の中は乾ききって、ひどく喉が渇いたように感じる。
「アイリーン=テンペジア、と言えば分かるか。彼女を冤罪で殺そうとした、そのことをどう思っている?」
「……冤罪……?なんのことだ、アイリーンはリザベラを殺そうとしたんだぞ。リザベラは最後まで奴をかばったが、目撃証言が多数あった。間違いはない」
「虚実を見抜けないお前に、王たる資格はないな」
「なんだと…っ」
「あぁ、そうだ。いいことを思いついた。真実を聞かせてやろう」
魔王がおもむろに座から立ち上がり、ゆっくりと高みから降りてこちらに向かってくる。その動きは、完全なる王。歩いているだけだ、それだけなのに。威圧感と高貴な空気すら感じて。俺が同じことをしたとしても、見ている誰かに同じものを感じさせることなど不可能だろう。魔王は……紛れもなく、王だった。
その魔王が、俺の愛するリザベラの前に立った。何をする気だ、と叫ぶが魔王はこちらを意に介さず魔法の詠唱を始めた。俺の全く知らない、長い呪文だった。アインなら何か知っているかと、目を向ける……彼は青い顔で、魔王を見て震えていた。そんなに危ない魔法なのかと尋ねる前にふと気づく。彼は呪文に怯えているというより、魔王そのものに怯えているように、見える。そうえば、彼はここにきてから一言も発していないし……我が国が誇る最高の大魔導士が、いったいなぜ。
「さぁ、お前に真実の口をやろう」
詠唱を終えた魔王が、リザベラの喉に指先を当てた。そして再び、王座に戻り、冷たい笑みを浮かべてこう言った。
「ビリー、全ての結界を解け」
瞬間、体の拘束が解けた。俺はまず、何らかの魔法がかけられたリザベラの元に駆ける。俯いているリザベラの肩を掴み、軽く揺さぶった。
「おい、大丈夫かリザベラ…!!」
ハッとした様子で顔を上げたリザベラは、こちらを安心させるために無理に笑ったような、健気な表情を浮かべた。動けない状態で魔王から訳の分からない魔法を向けられて、さぞ恐ろしかっただろう。それでも俺を気遣って、笑ってくれる。彼女は―――。
「この役立たず!助けるつもりならもっと早くどうにかしなさいよ!」
おや、ヒロインちゃんの様子が……。
ブックマーク、評価、ご感想いつもありがとうございます…!
ここからきっとざまぁに…なったらいいな(((




