※人間と対峙する僕
ビリー視点です。
上から豆粒ほどの人間たちを見下ろす。こちらに気づく様子は、ない。
ざっと目算で500人の軍勢は、辺りを警戒しながら真っ直ぐ森を突っ切ろうと試みていた。……まぁ、実際は僕の結界に阻まれて同じところをグルグルと回っているのだけど。
同じ甲冑を身に着けた人間たちを除いた目立つ服装の四人を確認し、つい表情がゆがむ。母上がこちらに来て一月程経ったけれど、それくらいの時間ではこのどす黒い感情は収まらない―――いや、きっと一生僕はこいつらを許せないから、この気持ちが消えることはないだろう。
今直ぐひねりつぶしたいけれど、我慢だ。魔王様の命を、僕は受けている。
『お前の知る、アイリーンを傷つけた者達が居るなら……捕らえて玉座の前に引きずり出せ』
僕は魔王様の命に従わなくてはいけない。命を奪ってはいけない。意識を奪うほど傷つけてもいけないだろう。とても難しい。攻撃魔法なんて使ってしまったら、手加減できそうにない。
ならばいっそ、攻撃魔法を使わず捕らえる。……僕ならできる。だからこそ、魔王様は僕に命じたのだろう。僕が理性を保てることが、前提だけれど。
(さて、行こう)
深呼吸をして、いざ。軍勢の目の前に姿を現した。彼らが見上げる僕の姿は、魔王様にでも見えたのだろうか。呼吸を飲み、固まって動かない。そのまま10m程上空に留まり、声を発する。
「これ以上踏み入るな。これより先は魔界、人間の来るところではない」
動けない人間たちの中でただ一人、怯えたように震えながら瞳にうつる歓喜の色を隠しきれない女が前に出た。
「けれどそちらに、人間が一人いるはずです。私たちは彼女を救いに来たんです、もう彼女にひどいこと……しないでください……!!」
あぁ、コイツだ。母上を傷つけた者達の代表ともいえる女。瞳に涙をためつつ僕を見上げて……なんだろう。何故かこの女の全てが嘘くさく見える。涙も表情も言葉も、何一つ本物に思えない。母上の言葉は真っ直ぐ僕の中に染み込むのに、この女のそれは表面を滑っていくようだ。
ため息を吐きつつ、女の言葉に応える。本当は口もききたくないのだけれど。
「酷いこと?そんなことするはずないだろう。魔王様は人間との和平を望んでいるのだから」
「魔王様と貴方の考えは違うのでしょう。だからアイリーン様にあんなひどいことを……」
「その名を呼ぶな、吐き気がする」
この女の口から母上の名前が出ると、はらわたが煮えくり返りそうになる。こいつ等に母上の名を口にされたくない。母上が穢れてしまうような気がする。
「……余程、憎んでいらっしゃるのね。でも、私は」
「戯言は聞きたくない」
これ以上の会話は無駄だ。さっさと4人を拘束して―――。
「……なんで?ディグルがなんで私の話を聞いてくれないの……?」
女の口から洩れた言葉に、僕は固まった。「ディグル」という名は僕にとても関わり深いものだから。
「何故お前がその名を知っている?」
「え?それは予知で見て魔王が貴方をそう呼んでたからで……それよりディグル、私の話を」
「それは可笑しい。僕はディグルじゃない」
僕はビリー。小さなスライムで、弱くて、死にそうなところを一人の少女に助けられ、共に暮らした。そんな前世を持つ僕は、元からビリーという名を持って生まれた。僕が自分の名だと認識しているのが「ビリー」だから。
けれど、僕が生まれるまで。僕が僕になる前の……モンスターの卵であった時に決まっていた名前がある。
「それは僕の名になる予定だったものだ。そんな名を、何故お前が知っている?」
やっと出会いを果たせた……もうちょっとでざまぁになる…はず…(((
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