魔王に会いました
魔王、登場
※魔王のセリフを少しいじりました
深い緑の髪は綺麗に撫でつけてまとめられた、オールバック。日に照らされた若葉のような瞳は熱っぽく私を見つめている。
それだけならよかった。しかし、この男の背にあるコウモリのような翼と、尖った耳は彼が“人間ではない”ことを知らせてくる。
この世界で人型の魔物は魔族と呼ばれる。なぜかこの世界の魔物は、人型に近くなればなるほど強く―――そして殆ど人と変わらぬ容姿の魔族というのは、それはもう化け物のように強くて、下手をすれば国軍が半壊するような生き物だ。
私が固まっていると、不思議そうに首を傾げて―――ハッとしたような顔をする。それから少し慌てた様子ですみません、と頭を下げた。
「詳しい説明は後でいたします。母上、どうか僕と共に魔王様の元へ来てくださいませんか」
魔王、と聞いて飛び上がりそうなほど驚く。この世界の魔物をまとめ上げる、魔物の頂きに立つ存在。最強の魔族、魔王。
私を“母上”と呼ぶこの魔族も、魔王の元に来てくれという言葉も怪しすぎる。誰が行くものか―――と普通はそうなるのだろう。けれど、私を見つめる緑の瞳はあまりにも真剣で、そして私は……もう、死ぬしかなかった、何も持たない存在なのだ。
「……行きましょう」
「……!!ありがとうございます……!!」
キラキラ。そう形容するしかないような笑顔を浮かべた男は、深く深く頭を下げた。
「僕のことはビリーとお呼びください。さぁ母上、お手を」
ビリーという魔族の手をとりながら、その名前に引っかかりを覚えて首を傾げる。ただ、私の知っているビリーと目の前の彼はまったく違うものなのだけど、何故か気になった。
そんな私をビリーは微笑みながら見ていたし、優しくリードして私を馬車から降ろしてくれた。
湿った地面を踏み、辺りを見回す。薄暗い森だが、恐怖はあまり感じない。
ひたすら木と、草と、地面。上を見ても殆ど空が見えないほど高く生い茂った木に囲まれている。私が乗っていた鉄の馬車と、魔力で動く鉄の馬以外の人工物は見当たらない。
「母上、転移いたします。お手を離さないでくださいね」
「え?」
瞬きの間に景色が変わった。うっそうとした森の中から、ラスボスでも出てきそうな物々しい扉の前へ。
転移の魔法なんて、この世に生まれて聞いたこともない。目を白黒させている私に、ビリーがクスリと笑った。そして扉に目を向けて、少し緊張を含んだはっきりとした声で言った。
「魔王様、お連れしました」
この扉の向こうに、魔王がいるのか。固唾をのみそうになるのを堪えて、扉を凝視する。
「あぁ、入れ」
じん、と耳の奥に残るようなテノールボイス。それは上に立つ者特有の覇気をまとった強い声だった。
ギィ、と。重たい音を立てて扉が開いていく。
薄暗い部屋の最奥、玉座にある黒い影。ビリーに手を引かれ、その人の前に出た。
闇のように深い色の瞳に射抜かれて、動けない。隣でビリーが跪いたことで我に返り、慌てて同じように膝をつこうとしたが「待て。そんなことはするな」と止められた。
驚いて顔を上げる。闇を纏った王が玉座から立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
黒だと思った艶やかな髪は、炎の明かりに照らされるとほんのり青い。切れ長の目に浮かぶ闇色の瞳はどこまでも深く、吸い込まれそう。スラリと手足が長く、見上げるほど背が高い。
人と違うのは、尖った耳くらいのもので。殆ど人間と変わらない。……いや人外の美しさ―――とでもいおうか。恐ろしいほど美しく、人とはとても思えない。人と変わらない姿をしているのに、人と全く違うのだ。
私の前で立ち止まったその美しい魔族はほんの少し口角を上げて笑った。
「ずっと会いたいと思っていた」
言われた言葉が理解できず固まる私の手をとって、彼は信じられない言葉を続けた。
「魔王リヴァルトはアイリーン=テンペジアの愛を乞う。どうか私の妃になってくれ」
私の掌に口づけて、魔王は頭を垂れた。
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