※悪夢に向かう
元婚約者アーサー王子視点。
本日は聖シュマリナ国の第一王子である俺と、その婚約者となる少女にとって大事な儀式が行われる日だ。
どこか緊張した面持ちで、人の頭ほどの大きさがある水晶に手をかざし聖魔法を発動させるのはリザベラ=サマスディア。俺のこの世で最も大事な女性だ。
この儀式は王妃となる者がこの国のことを占うというもの。その占いは国に襲い掛かる災いの種を知らせたり、訪れる未来を見せたりするという。リザベラは何を見るのか―――固唾を飲んで見守っていると、彼女が目を見開いて小さく震え出した。
「ああ…っなんてこと…ッ!!」
膝から崩れ落ち、白く小さな手で愛らしい顔を覆うリザベラに、俺は慌てて駆け寄った。
「どうした、何が見えたんだリザベラ……!!」
「っ…アイリーン様が…」
アイリーン。それはほんの数週間前まで俺の婚約者であった公爵令嬢の名だ。リザベラに対し様々な嫌がらせをし、それだけに収まらず殺害までもくろんだ悪女。端麗な容姿と王族に次ぐ権力を持つ家柄に生まれたせいで、傲慢に育ったのだろう。俺を取られると思ったのか愛らしいリザベラに嫉妬して凶行に走った。この国で最も強い魔力を有していたから俺の婚約者となった女だが―――愛しいと思ったことは一度もない。可愛げのない女だった。完璧な淑女、非の打ちどころのない令嬢。まるで作り物、鉄のような女。そんな女よりもコロコロと表情を変え、時々ドジを踏んでは恥ずかしそうに縮こまるリザベラを愛しく思ってしまうのは仕方のないことだっただろう。
しかし、何故リザベラの口からあの悪女の名が出るのか。疑問を口にするより前に、目に涙を浮かべた愛しい少女が答えをくれた。
「アイリーン様が…魔王の城に捕らえられ、責苦に遭っておられます……とても、お辛そうで、私…っ」
「アイリーンが魔王に……?」
魔王。それは悪の代名詞ともいえる存在。そんな相手にアイリーンがつかまって苦しめられているという。それは自業自得、己の犯した罪への罰が返ってきているだけだろう。そんなこと、リザベラが気にすることではない。そう伝えるが、彼女は首を振る。
「私、アイリーン様をお助けしたい……アイリーン様だって、この国の民だった方ではありませんかっそれなのに…あんな酷い目に…」
「……リザベラ、分かった。それ以上言わなくていい。もう思い出すな」
そっと抱き寄せれば、ふわりと甘い香水のにおい。甘すぎるほどだが、彼女にはよく似合う。柔らかい髪を梳くように頭を撫でて落ち着かせながら、考える。
俺の恋人は優しすぎる。自分を亡き者にしようとした相手にすら情をかけて―――そんな彼女が悲しまなくていいように、俺がするべきことは一つ。
「救出隊を出そう。この国の精鋭を集めて、魔王の城へ行こう。アイリーンを救い出し、お前の涙を止めてやろう」
「……アーサー様……」
「心配するな。この国で最も強い俺が行く。絶対に助けてくる」
安心させるために微笑みかけると、強いまなざしを向けられた。
「アーサー様が行くなら、私も行きます」
「危険だ」
「それでも行きます。私は治癒魔法も使えますし、お役に立ちます。アーサー様のために、行きたいです」
俺のために、と言われて少し震える指で手を握られ、それでも揺るがないまっすぐな瞳で見つめられれば―――断れるわけもない。危険な場所だとしても、俺が彼女を守ればいいのだ。そう結論付けて頷いた。
「分かった。共に行こう、アイリーンを救いに」
そうして、500人ほどの兵を引き連れて救出部隊は結成された。最高戦力である俺と、王妃候補リザベラ、騎士団最強であるウォルフ、宰相の息子であり魔導士のトップに立つアイン。学園でも共に戦った戦友たちが居るなら、誰にも負ける気はしない。
「さぁ、行こう。魔王の城へ」
このときはただ、軍を率いて戦いに臨む将としての昂ぶりしか持っていなかった。知らない方が良い真実というものがこの世に存在することを、数日後に得ることになろうなどと。思ってもみなかった。
それは悪夢の日。魔王を目の前にした俺は悪夢を見ることになる。
ちょっと短いですけれども…。
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