邪魔しないでください
ギリギリ…一週間以内…かな…((
「ねぇビリー。長い時を生きるって、どういう感じか分かる?」
私の質問に、ビリーが首を傾げる。前世は小さなスライムだったから長生きはしていないだろうし、今の彼は生まれて10年ほどしかないのだからそれは当たり前の反応で、この質問をする私が間違っている。けれど、私は口にせずにはいられなかった。
私は一度、長いとは言えない人生を過ごして死んでいる。二周目の今もまだ小娘と言っていい年齢。この人生がずっと続いていくという感覚はとてもおぼろげなもので、到底理解できそうにない。
「母上、僕は母上とずっと一緒ならそれで幸せです。時間はたくさんあればあるほど嬉しい……と、思います」
ビリーの笑顔を見ながら、思う。彼は本当に、私と一緒に居ることが嬉しいのだと。私ももちろん、ビリーと一緒に居られることは嬉しいし、今を幸せだと思っている。リヴァルト様が優しくて、ビリーが傍で笑っていて、ネレウスやセレンにからかわれて。綺麗なものや不思議なものもたくさん見た。まだ知らないこともたくさんあるし、瘴気の濃い魔界は突然変異が起こりやすいらしく新しいものがどんどん生まれるというし。まだ妖精が休憩するというツリーで誰かが休んでいるのも見ていないし、絵の魔物が入り込む絵画がにぎわっているのも見ていない。見てみたいものがまだまだたくさんある。全てを知るには、人間の寿命ではきっと足りない。それになにより、私はここでの生活がとても楽しい。
「……そうね、ビリー。一緒に居たいと思うなら、そっちの方がいいわよね」
想像してみる。リヴァルト様は悪いようにはしないと言ってくれたから、どこか遠い人間の国に送ってくれるかもしれない。ここにとどまらせてくれるかもしれない。リヴァルト様の求婚を断り、どこか遠くの人間の国でこの魔界に思いを馳せながら恋い焦がれて、幸せだった今を思い出して悔いながら生き、そして死ぬこと。この魔界に残り、周りの皆が変わらない風貌の中一人年老いて、自分だけが変わっていくことに苦悩しながらいつか死ぬこと。どちらも嫌だと思う。
私は今、共に居てくれる大事な存在とこれからも共に在りたいと思う。この気持ちに偽りはない。
「……よし、決めたわ。ビリー、魔王様に……明日、お会いできるか訊いてみてもらえるかしら」
「分かりました母上」
嬉しそうに笑うビリーはきっと私の答えが分かっているのだろう。尖った耳がピクピクと動いて興奮しているらしいことが伝わってくる。そう言った反応が可愛くてクスリと笑った次の瞬間、ビリーの表情が固まった。ゆっくり、窓の外に顔を向け―――その横顔は、険しい。
「ビリー?どうしたの……?」
「僕が魔の森に張っている結界に引っかかったものがあります。おそらく人間の集団……武装もしている様です」
ビリーから告げられた言葉に私の表情も硬くなっただろう。顔の筋肉が強張る。魔の森を抜けてやってくる武装した人間の集団。魔界に攻め込めるほどの武力を持った、そして魔界に攻め込もうと思えるほど頭の軽い国なんて―――思い当たるのは一国だけ。
「この魔力……知ってる。母上を傷つけた奴らだ」
ビリーの顔はどんどん険しくなっていく。私が見た事のない怖い目をして、窓の外……魔の森の方角を睨んでいた。
「母上、魔王様に報告に行きます。魔の森は遠いけれど、何があるか分からないから……母上はこの部屋から出ないでください」
「……でも」
「大丈夫、母上を二度と傷つけさせるものか」
ビリーは一度だけ、ふわりと笑って見せた。私を安心させようとしている健気な思いやりを感じて、ぐっと押し黙る。行ってきます、と表情を引き締めて出ていく彼を無言で見送るしかできなかった。
「………なんで、来たの……?」
窓枠に手をかけ、来ているだろうメンバーの顔を思い浮かべながら広がる森に目を向ける。私たちが魔の森と呼んでいた場所は、ここからは見えないほど遠いけれど……来ているのだろう。ビリーの言葉もあるけれど、予感がする。彼女と、彼女を守る彼らがきっと来ている。
「私に幸せになるなと、そう言いたいの?」
ふつふつと怒りがわいてくる。私はようやく、あの国から解放されると思ったのに。魔界で、リヴァルト様やビリー達と幸せに暮らせると思ったのに。なんで邪魔をするのだろう。私の全てを一度奪ったくせに、新しく手に入れたこの居場所も奪おうというのか。
「………そんなの、絶対に許さない」
この場所だけは、絶対に失いたくない。ここに居たいのだと心が叫んでいる。私の答えは一つだけ。
「貴方たちを潰すことになっても容赦はしない。私にとって大事なものは、ここだけよ」
そう、それだけ。その他の煩わしい羽虫など、排除してしかるべきなのだ。
ここから怒涛の展開になる、はずです。