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※ 愛しい赤

魔王様視点です。

私が魔王となって数百年。魔物と人間の戦争は終わりが見えない。同族を人間に殺され泣き叫ぶ魔物、憎しみに捕らわれて理性を無くした魔物、魔物を拒絶する人間の目、魔物を甚振る人間の姿。それらは心を摩耗させ、私はいつしか笑うこともできないほど心を消耗していた。


そんな私を救ったのは、ビリーという前世の記憶をもつデーモンの話に出てくる少女だった。


スライムだったビリーが少女に傷を癒され、共に生活した。ただ穏やかで、平和な一人と一体の話は私の心に強く響いた。それはまるで、夢物語。魔物と人間が憎しみ合うこの世の出来事とは思えない奇跡のような話。

人間との共存を望む私には、言葉も持たないスライムと生活をしていた少女がとてもまぶしく思えた。


部下の記憶の中にだけいる、人間の少女。見た事もなければ、声を聞いたこともなく。言葉でしか知らない、もしかすると存在すらしないかもしれない、そんな人間。その人間が、私の中で大きな存在になっていった。


―――真っ赤な、燃える火のような髪がとても綺麗な女の子です―――


そう聞いた翌日には、庭園に赤い花を咲かせることを決めていた。育てたのは燃えるような赤いバラ。自分でも何故そんなことをしたのか分からなかったが、誰もこの赤に触れないよう命令を出して育てた。咲き誇る赤と触れ合っている時間は心が穏やかだった。


会いたい。会って話がしてみたい。彼女はどんな声で、どんな風に話して、そしてどんなふうに笑うのだろうか。


魔王の領地から出ることができない私はただ思いを募らせるばかりだった。ビリーに話を聞いて、バラを育てて、見知らぬ少女に思いを馳せる。傍から見ればそれはもう滑稽な姿であっただろう。けれど私は真剣だった。

そうして十年ほどの年月を経て、私は今、美しい赤の前に立っている。



「……リヴァルト様、あの……」



困惑を浮かべながら私を見つめる金の瞳は、透き通っていて美しい。ずっと見つめていたくなる。そこに私に対する恐怖はないように、見える。……けれど、私はつい先日彼女の前で怒り、怖がらせてしまった。そのことを深く謝りたくて今日、会いに来たのだ。



「先日は、すまなかった。怖かっただろう?」


「……いえ……そんなことは」


「いや、貴女は確かに怯えていた。すまない。私は貴方を怖がらせるつもりはなかったんだが……貴女が謂れなきことで責められているのを見たら、抑えが利かなくなってしまった。ただの、言い訳にしかならないかもしれないが」



アイリーンは無実の罪を着せられて、全てを奪われたのだとビリーに訊いていた。なんと愚かしい行為だろうか。正しい者が誤った者に裁かれるなど、あっていいことではない。

私は何があっても彼女の味方で居たい。彼女の正しさを守る存在で居たい。だからこそ、海王の弟が彼女を正当性のない事柄で責め立てる姿を見た瞬間に我を忘れて、しまった。そうして彼女を怯えさせ、嫌われてしまっては傍で守ることもできなくなるというのに。

自然と視線が落ちて、いつの間にか床を見つめていた。



「リヴァルト様、顔をあげてください」


「ん……あぁ、すまない」


「それから、もう謝らないでください。私のためを思ってしてくださったこと、なのでしょう?」


「いや、しかしな」


「私は嬉しいです。私のためにあんなに怒ってくださったお方はリヴァルト様が初めてでした。あの時の貴方は確かに怖かったけれど、私は嬉しかったんです。だから謝らないでください」



じっと透き通った黄金で見つめられれば、そこから目が離せなくなる。謝らなくていい、嬉しかったと言ってくれた彼女に愛しさが沸いて、その細い体を腕の中に閉じ込めてしまいたくなった。それをグッとこらえて短く礼を述べたら、笑って礼もいりません、と言われて。笑った彼女は普段の凛とした空気が融解し、花が綻んだような愛らしさがあり……我慢できなかった。



「リ、ヴァルト…さま……?」


「すまない。少しの間だけ、我慢してくれ」



力を籠めれば折れてしまいそうなほどに細く、壊れてしまうのではないかと心配になるほど柔らかい。鼻孔をくすぐる甘い香りは彼女のもので、好いた相手を腕に抱いている今この時は永遠に望んでしまいたくなるような―――とても甘美なものだった。



「アイリーン嬢、私は貴方に伝えていないことがあった。これを聞いてから、例のことを考えてほしい」



腕の中で小さく頷く。これは、伝えれば断られるかもしれないと……そう思って中々言い出せなかったことだ。けれどこれを伝えず結ばれたとして、彼女に恨まれてしまったら。それは、結婚を断られるよりも地獄だろう。私は本当に、心の底からこのアイリーンという人間が愛しくて仕方ないと、腕に抱いてよくわかった。だからこそ、これは伝えなくてはいけない。



「私の妃となれば、貴女は人間ではいられなくなる。……魔族に、なる。人の時間を捨て、魔物の時間を生きてもらうことになる。人からすれば恐ろしいほど長い時だろう」



魔物は何百、何千という時を生きる。瘴気の濃い、この魔界という場所でなら魔族はほとんど寿命を迎えることがない。それはきっと、どれほどあがいても100年ほどしか生きられない人間からすれば気の狂うような長い時に違いない。それを共に生きてもらえるか、と。そう伝えて、ゆっくり彼女の体を解放した。



「……わかりました。考えさせていただきます」



そう言った彼女の顔に、不安や困惑の色がなかったことに私自身が驚いた。普通、こういう話を突然聞かされたら驚くものでは、ないだろうか。



「一週間以内にはお返事ができると……思います。長くお待たせしてしまって申し訳ありません……」


「いや、いい。無理せずゆっくり考えてくれ。どのような結果になっても、貴女を悪いようにはしない」


「はい。ありがとうございます」


「あぁ、では……また」


完璧な淑女、とでもいうのか。流れるような美しい動作の一礼。それに見送られて、私は彼女の部屋を後にした。

自室に戻り、深く息を吐く。期待や、不安や、高揚感。様々なものが私の体を駆け巡って、落ち着かない。



「アイリーン……」



腕に残る感覚に、じわじわと愛しさや今そこにないぬくもりに対する寂しさが湧き上がり、ただ愛しい人を思ってその名を口にする。

魔物の頂点。魔界を統べるこの魔王が、たった一人の人間になんて様だと言われても仕方がないな、と自嘲的な笑みを浮かべる。


この世界で私をここまで掻き乱す存在は、ただ一人。この先にも一生、彼女以外は現れないだろう。だからこそ、彼女が私を受け入れてくれたなら、私は。



――――人間の国を滅ぼす魔王となることも厭わない。




評価、ブックマーク、いつもありがとうございます。


魔王の視点は初めてですね…ただひたすらアイリーンが好きな魔王で、アイリーンのことしか考えてないのでかなり書き辛い(笑)

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