※ 嫌いだけど嫌いじゃない人間
※セレン視点です
人間なんて、クズばっかり。俺の親を殺したのも、おぞましいものを見るような目を向けてくるのも、棘のような言葉を投げてくるのも人間だ。
俺が知ってる人間は、自分より弱いものには残忍で、見栄や虚勢ばかりを張って、同種である人間も騙すし蹴落とすし、自分のみが一番可愛い狡猾でクズな生き物。純粋な力では魔物のほうが強いはずなのに、暴力を振るうことを恐れないあの人間という化け物は魔物を殺すことが出来る。
俺には、人間がおぞましい化け物に見える。
けれど、俺の前に居るこの人間は、どうやら俺の知っている人間とは少し違うらしい。
「……セレン、私が魔王様を好きだという件だけど」
「好きだろ、どう見ても。何がそんなに納得できないんだ?」
「だって、私と魔王様は出会って一月も経ってないのよ?」
「一目ぼれって言葉もあるくらいだ。恋に時間は関係ねぇ」
この人間の名前は、アイリーンというらしい。魔王様が望んで連れてこられた人間の女。人間の中でもクズが多い貴族とかというものの出身らしいんだが、俺のイメージとは大分かけ離れた人間だった。
今も頬を赤く染めながら眉間にしわを寄せ必死に否定の言葉を探していて、その姿はちょっと笑いを誘う。
「私のどこを見れば、魔王様を好きという結果に……」
「まぁまずは視線だな。気づいてるか?アンタは結構魔王様のこと目で追ってるし、目を見て話す癖があるアンタが、魔王様関連だとよく視線泳がせてんだよな」
「そんなことは……」
また視線をそらした。割りと分かりやすい人間だ、と思う。魔王様の話題を出すといつもより落ち着きが無くなっていることに本人は気づいていないらしい。
人間って言うのは傲慢で我侭で自分勝手でクズだと思うけど、こいつはちょっとだけ面白い。
「まぁ魔王様もアンタのこと好きみたいだし、さっさと認めてくっつけばいいのによ」
「…………」
「昨日もビリーは詰め寄られてたぜ?『アイリーン嬢は本当におびえていなかったか、私が会いに行っても拒絶されないか』ってな」
じわじわと耳まで染めていく様に、自然と口角が上がる。思ったとおりの反応をしてくれるから、とてもからかい甲斐があるのだ。
ただこうしてこの人間と話すのはビリーが居ない間だけだ。奴が帰ってくるとまともに話していられなくなる。
ビリーというデーモンは、真面目がとりえの寡黙でつまらない男だとずっと思っていた。それがこの人間のことになると途端に視野が狭くなってしまうし、口うるさい。俺がこの人間と話しているのを見かければ―――。
「母上、ただいま戻り……セレン!!またお前、母上に何の用だ!!」
眉を吊り上げつかつかと歩み寄って来て、俺につかみかかる。襟首を握って俺をにらみつけるガラの悪さ。こいつのこういう姿を見るようになったのはこの人間が来てからで、俺はビリーという魔族の認識を改めることになった。つまらない男あらため、からかいやすくてとても面白い男だ。
「ちょっと雑談してただけだっての」
「嘘つけ!!母上が真っ赤になってるだろうが!!」
「……ちょっと、ビリー。それ以上言わないで、お願いだから。あと本当に雑談してただけよ、離してあげて」
「分かりました」
人間の言葉に素直に従い、俺を離すがその顔はとても納得しているように見えない。下唇を噛んで目は俺を睨んだまま。つい、笑いがこぼれる。そんなに嫌なら従わなきゃいいのに、ビリーにとってこの人間の言葉は絶対らしい。
「セレン、不思議なのだけど……貴方、一昨日まで私のことかなり嫌いだったわよね?一体貴方に何があったの?」
「いや、何があったって……んー」
一昨日。俺は初めてこの人間と言葉を交わした。一方的に俺がいちゃもんつけて怒鳴りつけて、そこに魔王様がやってきて……俺はきっと殺されるんだと思ったところにこの人間が割り込んで、魔王様を止めて。一体何のつもりだと思った。恩に着せるつもりか、それとも助けるのは当然と聖人ぶる偽善者かと、どちらにせよ俺は認めるつもりがなかった。
で、そこでコイツが「魔王様の笑った顔が好きだから」と言い放った。俺は魔王様の笑った顔なんて見た事なかったが、嬉しそうに笑ってほしいというこの人間から魔王様への愛情を感じて、拍子抜けした。その時の俺の心情は。
―――――何惚気てんだコイツ―――――
すっかり毒気が抜かれて、なんだかこの人間一人にこだわってぎゃんぎゃん吠えてる自分が馬鹿らしくなった。それだけだ。
なんというか、そう。人間だからと文句を言いまくっていた俺が言うのもなんだけど、コイツが人間だというのは重要なことじゃなくて。魔王様のことを口にすれば真っ赤になるところとか、ビリーが何故か心底尊敬してるって事実とか、そういうところを見て、もっと話して、コイツを理解した方がいいと思った。
「まぁ、将来王妃って仰ぐことになるかもしれない相手だし仲良くしてて損はねぇかなって」
「……は?」
「魔王様と結婚したら、王妃様だろ?」
「……っな……」
また真っ赤になった。トマトみたいだ。笑っていると、ビリーから刺さるんじゃないかというくらい鋭い視線を向けられたが気にしない。でもやっぱりちょっと、どことなく本当に肌が痛いような気もするので自重する。
「じゃ、俺はそろそろ行くわ。またな、アイリーン嬢!」
真っ赤なまま答えない彼女の部屋を後にする。
実は、ちょっとだけ、思っている。アイリーンという名の、あの人間だったら。魔王様の隣に居てもいいかな、とか。それで時々魔王様との仲を聞いて、からかってみるとか、そんなのもいいかな、とか。
ほんのちょっとだけ、本当に少しだけ。そう思っている。
そろそろ…ヒロインちゃん達にやらかしてほしい…