※ お姫様
ちょっと短いですが、ヒロインを出しておきたかったので…
――――アイリーン=テンペジアの断罪事件から二週間が経った、王宮のとある一室。一人の男爵令嬢のために与えられた一室で、少女は堪えきれない笑みをこぼしていた――――。
私はこの世界の主人公。ヒロイン。世界一のお姫様。そういう言葉が当てはまる存在。
ここは乙女ゲーム「ドキドキ魔法学園物語」の世界。私はそのゲームの主人公であるリザベラ=サマスディアとしてこの世に生を受けた。まさに、愛されるために生まれた存在。
ふふ、誰もが憧れる王子様も、強くて頼りになる騎士様も、知的でクールな将来の宰相様も、みんなみんな私を愛する。
ちょっとだけ、例外―――悪役のはずのアイリーン=テンペジアが動かなかったことだけが予想外だけど、それは私がちょっと演出するだけで解決できる問題だった。だって、物語の通りあの悪役令嬢は追放されたもの。
そして今、私はとても喜びに満ちている。何故なら、アイリーン=テンペジアが死んでいないかもしれないという噂が流れてきたから。
(まちがいない、続編が始まるんだわ……!!)
このゲームには学園での恋愛を描く第一部の後、世界の悪役側――つまり、魔物たちの世界での恋愛を描く第二部が存在する。この続編は第一部が高い人気を誇ったために売り出され、そして第一部よりもさらに高い人気を誇った。
私も第二部のファンの一人。第一部よりも、第二部のキャラクターたちが好きだった。
人間と争いたくないのにどうしても争いが起きてしまうことに苦悩する、冷徹に見えて心優しく、内側に入れたものには甘くなる、見た目は冷徹で氷のようなのに、笑顔はほんとうに優しいと評判の魔王リヴァルト。
アイリーンに嬲り殺された前世の記憶を持ち人間を深く恨んでいる、けれど主人公に心を救われ、主人公にだけとろけたような笑顔を見せるようになるデーモンのディグル。
軟派な雰囲気だけど内側には人間に親を殺され、嫌悪感を抱くという影を持つ、攻略すれば軟派さは消え誠実で真剣に主人公を想うキリッとした顔が恰好よくて乙女の心をつかんだ海王ネレウス。
第二部は、キャラクターたちのギャップが魅力だった。特にディグルが私の心を強くつかんで、何度も何度も攻略した。
……隠しキャラが存在していたらしいのだけど、私は知らない。噂ではネレウスの弟とかなんとか。私はディグル一筋だから興味なかったし、探すつもりもなかった。
「ああ、早く会いたい……!」
第二部の始まりは、第一部終了一か月後。魔の森へ追放されたアイリーンが実は魔王の城に捕らわれて生きている、ということが分かったところからはじまる。
人間、特にアイリーンを深く恨むディグルにアイリーンは日々拷問を受けて、ボロボロの姿になっている。それを私が二週間後――王太子と婚約することになる者が行う未来を占う儀式で見てしまうのだ。そして彼女を深く心配し、自分を追い込んだはずの彼女を助けたいと願う。その姿に周りは感銘を受けてアイリーン救出へと動き出す。
その救出隊には私も同行して――――そして魔界で、素敵な人に出会うのだ。
「まぁちょっとゲームと違うこともあったけど、それはここが現実だからよね。大丈夫、二部は絶対に始まるわ。ふふ、早く二週間経たないかなぁ」
―――――――彼女は「現実」だと言う口で「二部」とゲームのことを口にしていることに気づいていない。
現実といいながら、ここがゲームであるという感覚に浸っていることを自覚していない。
アイリーンがゲームと違う動きをしていた時点で気づければよかったのだが、結果がゲーム通り「アイリーン=テンペジアの断罪」という形で第一部の終了を迎えてしまったから余計に気付けなかった。
アイリーンが何もしてこなかったことに「現実だから全てそのままじゃないのね」と言いながら自分でアイリーンの罪を作り上げ、物語を無理やり進められたからこそ分からない。可能性として考えていない。
アイリーンが魔物を甚振ったことがないことも。彼女が心捧げる“ディグル”という魔族がこの世界に存在しないことも。
何もしらない。想像もできない。
もうしばらくすれば“ディグル”に会える。そして彼に愛されるのだと信じてやまない彼女は、胸に湧き上がる幸福感をかみしめて笑うだけだった―――――。
ディグルというのはもちろんどこかの元スライムです。
ブックマーク、評価、ありがとうございます。励みになります!




