海に行きました
お出かけレッツゴー
リヴァルト様に「二人でどこかへお出かけいたしませんか?」とお誘いしたところ、とろけるような笑顔で喜ばれたのでビリーの言ったことは間違いではなかったらしい。
「どこへ行こう……そうだな、海は好きか?丁度、貴女を紹介したい者もいるし……魔界の海は人間界の海とは様相が違うけれど綺麗だ。どうだろう」
実のところ、私はこの世界の海を見たことがないので海について好き嫌いという感情はない。王都やテンペジアの領土の近くに海はないし、私はその二つの土地以外にほとんど出られなかった。王妃になるための教育という名の足枷があったから。それでもこっそり抜け出して、王都に税を納めるためにやってきた漁村の人たちから話を聞くことはあったけれど……私が知っている海の話はそんな彼らから聞いたものと、前世の記憶にあるものだけだ。
けれど、リヴァルト様が綺麗だという海にはとても興味がわいた。彼が見せてくれるものはいつも本当に綺麗だ。だからきっと魔界の海というのも本当に綺麗なのだろう。
「魔界の海、見てみたいですわ。連れて行ってくださいませ」
「あぁ、勿論だ。明日の午後が空いているんだが、アイリーン嬢はどうだ?」
「私に予定はございませんから……明日の午後ですね、楽しみにしています」
「是非、期待していてくれ」
リヴァルト様は終始嬉しそうにしていた。ビリーの話によるとこの後怒涛の勢いで翌日の分まで書類などの仕事を片付けていたらしい。
無理に仕事を終わらせて時間を作らなくても私とのお出かけなんていつでもよかったのに、と申し訳なく思っていたらそれを察したらしいビリーに「魔王様はやりたくてやってるんですよ」と慰められた。……本当によかったのだろうか。
そんなことがありつつ、約束の午後。
例のごとく仮面のメイドたちにお出かけ用の装飾の少ない(といっても所々にレースや刺繍があしらわれていて可愛い)淡い青のワンピースを着せられ、髪は高く結い上げられて、ばっちり日焼け止めまで塗りこまれ―――仕上げにビリーに「母上可愛いです!これでデートもばっちりですね!」という言葉を貰ってしまった。
(デートって言われると……意識してしまう……)
でも、これは確かにデートだ。逢引だ。しかも自分から誘った。
そう思えば自然と頬に熱が集まる。迎えに来たリヴァルト様は私を見て一瞬固まった後「とてもよく似合っている」と褒めてくれたが、それがまた前世でのデートの定番の台詞で、更に意識してしまう。
「ではアイリーン嬢、行こうか」
「……はい」
差し出された手をとる。やはり彼の手はとても温かくて、伝わってくる熱に心音が少し早くなってしまう。
……男の人とこうすることに慣れていない所為だ、きっと。
「転移でいく。いいと言うまで目を閉じていてくれ」
そう言われて目を閉じた。ビリーの転移魔法のように一瞬で転移するのだと思ったけれど、海は遠いのか中々目を開けるように言われない。時間にすれば、10秒ほどだろうか。無言の時が流れ―――波の音が聞こえた。
「……着いた。もう目を開けてくれ」
ゆっくり開いた視界に移ったのは、日差しのせいか顔が赤く見えるリヴァルト様と、澄み渡ってどこまでも透明な水の海だった。
青でも、エメラルドグリーンでもなく。本当に透き通って、泳いでいる魚がよく見える。そしてその泳いでいる魚たちはとても色鮮やかで、光を受けて宝石のように輝いていた。
「……綺麗、です」
想像していなかった。海といえば青、綺麗な海ならエメラルドグリーン。そういう常識が私の中にあった。これは前世のものであって、この世界とは違う。
今にも走りだしてその海を間近で見たい欲求に駆られたが、ぐっとこらえているとクスクスと小さく笑う声が降って来た。
「喜んでもらえたみたいで、よかった。近くに行こうか」
「……はい……」
笑われてしまったのは少し恥ずかしいが、早く近くで見物したいのと、何よりリヴァルト様が楽しそうなので気にしないことにする。
手を引かれ、波打ち際まで歩く。ここまでくると本当に透明なのがよく分かる海でかなり興味深い。海の色は空の色が反射して青いのだと聞いたことがあるが、空は真っ青なのにこの海は透明なのだ。どういう仕組みなのだろうか。
(……本当に透明。光が反射してなきゃ、空気の中を魚が泳いでるように見えそう。水はやっぱり、海なのだから塩の味がするのかしら)
不思議な海に好奇心が疼く。考え事に夢中で興奮のあまり繋いでいた手を強く握り返していたことや、誰かが近づいてきていることにまったく気づかなかった。
「よう魔王様、元気かい?」
飛び込んできた陽気な声にハッと我に返り意識が浮上した。声の主は片手を上げて、明るい顔で笑いながら近づいてくる。その姿は魚人……といえば良いのか。がっしりとしたとても体格のいい男性。惜しげもなく披露されている筋肉質な上半身の所々に鱗が見える。よく見ると指の間に薄い膜のようなヒレもあり、魚の特徴をもった魔族のようだ。
「ん?そっちのお嬢さんは初めて見るな……さては魔王様のコレだな?」
冗談っぽく笑いながら小指を立てる彼を見て、なんというか。こういう、ものすごく軽いノリを久々に見てとても懐かしい気持ちになった。貴族社会で息の詰まる生活をしていたからだろう。前世のころの、同級生の男子を思い出す姿が可笑しくて、笑いが零れてしまう。
……笑いが先に出てきたから、小指を立てた意味について深く考えなくて済んだのでよかったと思う。
「……どういう意味だ?」
「魔王様は知らなくていいって。しかし、良いトコのお嬢さんっぽいのに君、結構分かる口だね?ちょっとお兄さんとお茶でもどう?」
そういって、白い歯を見せてニッと笑う姿は、前世で言うならチャラ男というか、そういった類のもので。あぁこういうのを見るのも久しぶりだと感慨深く眺めていたら、リヴァルト様が私を隠すように彼との間に割って入った。
「おい、海王。いくらお前でもそれは許さんぞ」
「冗談だよ魔王様、そんな怒るなって」
深いため息をついて、リヴァルト様は呆れを滲ませた声色でこう言った。
「アイリーン嬢、この男は海王……名をネレウスという。貴女に紹介したかったのはこの男だ」
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それから更新速度を少し落とそうと思います。少なくとも週に一度は更新する予定です。




