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第一章 1

 そこはレガレスに無数に建つ廃墟の一つ。普段は風の吹き抜ける音ばかりのその場所で、しかし今日は激しく音が反響していた。

「っふ!」

 拳が振り抜かれる。だが、それは空を切った。直撃の間際、横から打撃を加えられ、軌道を逸らされたからだった。

「っ!」

 腕は伸びきり、引き戻すのに隙ができる。相手はそれを見逃しはしないだろう。ラッカは、悟ると同時に前へと転がるようにして跳んだ。

 ごろり、ごろりと地面を転がる。そしてはっと気合一つに跳ね起きて、相手がいるはずの向きに構えた。

「ん?」

 だが、そこには誰の姿もなし。どこだ、と首を振って探すのだが、その時点で既に手遅れだった。

 ごつ、と鈍い音。ラッカの頭に、拳が振り下ろされた。

「ってぇ~!」

「ま、前よりかは動けるようになったんじゃないの? よく分かんないんだけどさ」

 痛みに顔をしかめるラッカ見て、その殴った張本人――サラスはけらけらと笑った。

「っくそ」

「あらら~? そこは精進しますって言うところじゃないの? 私はなぁんで、こうやって疲れるのを理解した上であんたと組手なんてやってるのかねぇ?」

「……それは、その、俺がお願いしたからで、俺は決してサラスにゃ強気に出れないわけで、まそのそれはそれというか、そうというか」

 ラッカの歯切れは悪い。それもそのはずである。

 サラスはこの街の生まれではない。本人が語らぬ故に、いったいどこの生まれかは誰も知らないが、しかし確かに街の外からやってきていた。そしてこの街へと来るその前に、彼女は武芸を嗜んでいた。この街では誰も彼もが無我夢中で生きる中、彼女は確かな武術の技を身につけていた。

 ラッカがそれに目をつけて、師事をしだしたのはもう随分と前の話。本人曰く大した腕前ではないと言いはするも、現実としてラッカをあしらえるだけの実力があったため、押し切られて教えるに至っている。

その際、ラッカは中々に無理を言っていた。サラスは武芸を教えるのに、あまり乗り気ではなかったのだった。

「――っはは」

 ラッカは故に強気になれなかった。ごにょごにょと、何やら言い訳じみた言葉を口にする。普段強気を崩すことなどないというのに、こういった理のある責めには非常に弱い。だが、それでも屈しきれぬ部分があるのか、ラッカはどうしても袋小路に陥ってしまう。サラスは、そんなラッカの姿に、とうとう耐え切れなくなって吹き出した。

「はっははははっは!!!」

「んな!? なに笑ってやがんだよ!」

「いやいやごめんよごめん、つい、面白くってね。あっは、やっぱあんたはからがいがあるよほんと」

 謝罪の言葉を口にするが、しかしサラスの口角は上がったまま。ラッカは強く舌打ちをして、部屋の隅、崩れた天井の一部に腰掛けて、ふてくされる。

「ま、笑っておいて、って思うかもしれないけどさ。そういうとこは、あんたらしくて私は好きだよ。それに、意地とか自尊心とか、そんなのがない奴ってのは、あんまし強くなれないもんだしね」

 かかかっと、その言葉の次に冗談とはいえ笑いがなければ、ラッカも幾らか反応のしようはあるというのに。笑われては、ラッカには黙す以外にできなかった。

 サラスはそんなラッカの姿に微笑み、その視線を少し横にずらす。

「さて、んじゃお次といきますかね」

 ちょいちょい、と挑発する。相手はそんなものどこ吹く風と流すのだが、だからこそだった。

「…………」

 立ち上がったのは、ルフマ。その表情はすこぶる不健康だった。足取りも、どこかおぼつかない。

「無理しなさんなよ。朝、弱いじゃないか」

 ルフマは朝に非常に弱い。それこそ、動くのもままならないほどに。というよりも、日光を苦手とし、日が出ている間はあまり調子が良くなかった。時間が経てば慣れるとして、昼間はなんとか動けるのだが、この廃墟の中、周囲の建造物の関係で日光があまり届かぬこの場所でも、朝となるとどうしても調子がでないのだった。

「……大丈夫だ。気にするな」

 だが、ルフマは努めて気丈に振る舞い、サラスの前で構える。眼光が鋭くなった。こうなっては退くことなどルフマはしない。理解しているが故に、サラスもまた構え、神経を研いでいく。

「っせぁ!」

 初撃を打ち込んだのはルフマだった。先ほどの調子の悪そうな姿は何処へやら。その踏み込みは深く、一足でサラスの懐へと飛び込んで、固めた右拳を腹に向けて打ち出す。

「おっと」

 サラスはそれを、難なく躱した。躱して、反撃を思いとどまり大きく一歩飛び退く。

「危ない危ない。ほんと、油断できないわ、あんたは」

「…………っち」

 ルフマは舌打ちをした。捉えたと、そう思えていたからだ。

「随分とまぁ、巧くなったもんじゃないの」

 巧く。上手くではなく、巧く。間違いではない。それこそが、ルフマの強みだった。

 ルフマは確かに踏み込んで拳を打ち出した。気合も込められた、真実と限りなく近い虚実の拳を。躱されることは前提。そこから、腰の捻りに加え体重移動により威力を増した左の真実相手を仕留めるための拳を、サラスが躱したその瞬間に、そこへと打ち込んでいたのである。

「届かないようじゃ、まだまだだ」

 だが、それも躱された。どこかに問題が残っていた。だが、それを捜すのは、後。ルフマは、更に意識を研ぎ澄ませる。

「……そぉんな苦々しい顔しなくてもさぁ。ラッカも、十分凄いと思うよ?」

 二人のやりあいを観戦し、だんだんと不機嫌になっていくラッカ。そんな彼に声をかけたのは、シオンだった。

「慰めはいらねぇよ」

「いやいや、慰めなんかじゃぁないって」

「じゃあ聞くけどよ、俺とルフマ、どっちのが強いと思う?」

 その言葉はほとんどやけくそだった。ラッカは理解していた。ルフマの方が腕が立つと。同じ時期にサラスに師事をし、鍛錬してきた。だが、手合わせして、勝てたことは一度だってなかった。

「う~ん」

 悩む素振りをするシオンに、ラッカはだからこそ苛立つ。迷うまでもないだろうと。気を使わずにさっさと言ってくれと。

 シオンは、しばらく悶々と悩み、そして言う。

「まぁ、ほんとにまずい時は、ラッカが勝つんじゃないかなぁ」

「なんだよそれ」

「や、なんとなくさ」

 それはシオンの紛れもない本心なのであるが、ラッカには冗談の類いのように聞こえたようだった。口を尖らせるだけで、機嫌は一向に回復の兆しを見せない。

「ねぇ、フィーはどう思う?」

「え?」

「なっ?」

 驚きの言葉は、ラッカとフィーのもの。昨日の出来事があって、フィーの周りには常に誰かいるようにしていた。サラスに、ラッカとルフマ。三人が鍛錬していれば、残るのはシオンのみ。そのシオンが語りかけてくる時点で、すぐそばにはフィーもいるなど冷静に考えれば当然なのだが、苛立ちに満ちたラッカには、その冷静さが欠けていた。

「私は、両方すごいと思います」

 フィーは自信なさげにそう言う。フィーはこの中で唯一、未だに荒事への耐性が薄い。それはここでの生活が短いせいというのもあるのだろうし、元来からそれを苦手としているからであろう。そんな彼女にとっては、サラスはもちろんのこと、ラッカもルフマもシオンも、皆同じくすごい存在として映っていた。

「あぁ、そうか。まあその、あんがとよ」

「あ~らら、僕の時とはこれまた酷い違いようで」

「たりめぇだろ」

「あははは、酷い」

 シオンは凹み、尚も笑い。ラッカはそんなシオンの言葉にいちいち反応し。フィーはそれに、所々で参加した。そうして時が少し進み、決定的な音が響く。

「くっ!」

 サラスの蹴りが、ルフマを捉えた。衝撃を逃がすことも、防御することもできず、ルフマは大きく蹴飛ばされ、地面に落ちた。

「私が教えたのは基礎だけなのに、よくもまぁそんな手の込んだ攻めができるもんだよ。あれかねぇ、天才ってやつのなのかねぇ」

 サラスは賞賛の言葉を口にするが、呼吸の乱れはなく、表情にも余裕が見て取れる。それでも嘘ではない。それでも大げさに言った訳でもない。それでも、その言葉は本心だった。素直に、サラスはルフマを賞賛していた。

ルフマはそれを理解して、それでもなお、悔しがった。勝てないのでは、意味がなかった。

「さてさて、どうする? もういっぺんやるかい?」

「やる……って言いたいけど、俺は寝る。ちょっと限界だ」

 緊張感が切れた。ルフマは先刻よりもふらつく足で、部屋を出て行く。

「大丈夫ですか?」

 その姿に心配して、フィーが声をかける。

「大丈夫だ。いつも通りさ」

 ルフマは、ひらひらと手を振って、そのまま振り返ることなく去っていった。

「さて」

 ルフマが去り、残るは四人となった。サラスは、今日はどうしようかと話を切り出す。とはいえ、今日を生きるためにもすることのほとんどなど初めから決まっていた。まぁいつも通りに。時折、襲うだの、盗むだのと物騒な言葉が混ざるものの、こんな街で生きるなら、仲間を持ってその上で誰にも属さずに生きるなら、それは当然のこと。

 誰が訝しむこともなく、それじゃと話は纏まり彼らは廃墟から姿を消した。

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