恋の魔法が醒めるとき
スーザンの2話目の道ならぬ恋の話を聞いてラルフもシンディもすでにちょっと泣いていた。
あのクールビューティな叔母にはそんな過去があったのか。イーサン、エヴァンも重く辛い気持ちになった。
その後は聞かなくてもわかるから。ハッピーエンドのお話ならスーザンが今もシングルでいるはずはない。
「ね? 2話目はちょっとヘヴィだったでしょ?」
スーザンはわざと明るく言った。
「エヴァン、次回作のネタにどう? でも結末がつまんないから小説には不向きかな」
そう言いながらスーザンは続けた。
「私はまた魔女になったわけね。奥様にとっては愛する夫と息子を寝取った悪魔。元カレにとっては男の矜持を捨ててまで守ろうとした息子を弄ぶ魔女」
「でも私たちは真剣だった、幸せだったわ。スコットが言うように恋愛には年齢差は関係ないって思えるほど私たちは愛し合っていた」
「スコットが医師になって私は別の病院に移ってからも、それでもやっぱり世間の風当たりは強かったわ。普通じゃないことは排除されるのよね、エヴァンたちには分かるわよね」
エヴァンは小さくうなずいた。
「そんなある日、スコットが言ったの。『この土地を出よう』って。彼もご家族との軋轢にそうとう疲れていたの。私たちが駆け落ち先に選んだのは西アフリカだった。医師として募集があった西アフリカのある国へ行こうって。そこで結婚しようって、応募したの。先にスコットが行って環境を整えてから私が向かうつもりだったの」
イーサンとエヴァンはスーザンの次の言葉を聞くのが怖かった。なんとなく、話の先が見えてきたから。
「スコットの後を追って、病院も辞めて、出国の準備をしている時にルイーズが亡くなったの」
イーサン、エヴァンの母親のルイーズはトレッキング中に灰色熊に襲われて亡くなった。墓石の下に眠っているのは彼女の左手首だけという惨劇。
傷心の弟家族を献身的にケアしてくれたのはスーザンだった。
そういえばあの頃、スーザンは病院を辞めていたっけ。自分たちの世話をするために仕事まで辞めたのかと思っていたイーサン、エヴァンだった。
そのことで大好きな伯母の未来が途切れてしまったということを今はじめて知った。
打ちひしがれているイーサンとエヴァンの様子にスーザンは慌てた。
「あなたたちは関係ないわ。責任があるとしたら憎たらしい灰色熊ね。そしてそれが私とスコットの運命だったのかもしれない」
「スコットからは何回も連絡があったわ。私の状況を理解してくれて『いつまでも待っている』って言ってくれてた。あのひ弱な坊ちゃんが日焼けしてたくましくなって現地の人たちやスタッフと一緒に笑って写っている写真も送られてきたわ。すぐにでも行きたかった」
「でもある日、あなたたちのサポートをしているときふと魔法が醒めちゃったの。恋の魔法が。医師という仕事を辞めて家事をしている自分の顔を鏡で見て、あれ? このおばさん誰? って思ったの」
「スコットと一緒にいたからこそ恋愛に年齢差は関係ないっていう魔法にかかっていたのね。遠く離れてしまうと自分の年齢が急に彼には不適切だと思えてきたの。親子ほど離れているんだもの」
「彼は彼の子供を産めるふさわしい人と一緒になるべきだと気づいたの。彼の未来を邪魔しちゃいけないって、やっと元カレであるスコットの父親が望んだ通りの幕引きとなったわけね」
「はい、2話目もおしまい。どうエヴァン? 小説にするには結末の盛り上がりが物足りないでしょ?」
「それからスコットとは?」
重苦しい空気の中、エヴァンが聞いた。
「会ってないわ。たぶん今も西アフリカのどこかの国で頑張ってるんじゃないかしら? 帰国したって聞かないから。私、もうすっかり彼に関するアンテナを折っちゃったの」