スーザンの恋 1
「スーザン、聞いてもいいかしら? スーザンは女のアタシから見てもすごく魅力的なのにどうしてシングルなの?」
ラルフの発言にリビングが一瞬の静寂に包まれた。
これはイーサン、エヴァン兄弟、シンディにとって永遠の謎、ギルバート家にとってルイーズの食害事故に次ぐ不文律のような話題だった。
ラルフ、さすが新入り家族!
「あら? 知らなかった? どこにでもあるごく普通の理由よ。愛した人が結婚できない相手だったってこと。つまり不倫ね」
スーザンがお酒のグラスをぐいっと空けた。エヴァンがすかさず次のお酒を注いだ。
「学生の時からひとりの男性とつき合っていたわ。当時は講師だった人よ。彼には家庭があったの。同じ大学病院で医師になってからも教授となった彼との関係は続いていたの。彼の奥様はもちろん気づいていたわ」
「愛し合ってるなら奪っちゃえばいいのに。僕なら当時ラルフに別のボーイフレンドがいても絶対奪っただろうな」
とエヴァン。ラルフがうれしそうにエヴァンを見た。
「そうなんだけどね。彼の奥様がすっごく嫌な女だったら私だって力ずくで奪ったかもしれないわ。若気の至りで」
スーザンが遠い昔を語るのを、全員が固唾を呑んで聞いていた。
「院内のパーティとかで奥様に会うこともあったの。ほんとに可愛らしくて清楚な女性で彼を愛しているのが伝わるの。奥様を見ていると自分が魔女みたいに思えてきたわ。ある日、奥様から呼び出されたの。ついに『彼と別れて』って言われるんだろうなって覚悟して会ったわ。それはできないって言うつもりだった」
再びグラスを空にするスーザン。
「ところがね……違っていたの。とてもやつれた奥様の口から出たのは逆だった。『私は重い病気に侵されているの、私がいなくなったら彼と息子をお願いしたいの』って。自分の亡きあと、愛する家族を魔女に委ねようとする奥様の心情に泣けたわ。魔女の負けね」
「もちろんお断りしたわよ。そして身を引くことに決めたの。でも奥様の依頼は真剣だった。『あなたしかいないの! あなたが約束してくれないと私は安心して死ねない』って泣かれたわ。私、思わずうなずいちゃった」
「奥様の病気に錯乱する彼は愛おしかったわ。青春のすべてをかけた恋愛だったもの。でもね、家族の愛情と現代医学が魔女に勝ったの。奥様は寛解されたの。それが1話目。2話目も聞いてくれる? もっとすごいわよ」
笑いながらも、スーザンはすべて語ってしまいたい様子だった。
こんなに重い、道ならぬ恋のハナシに2話目があるのか。物書きとしてのエヴァンの触手が動いた。
「3話目はないから安心して」
とスーザンは笑って話しだした。