Candle of furure
ラルフがエヴァンの待つ町に帰り、ビクトリアも子供たちと夫の元に帰った。
バネッサはクリス・スペンサーに電話で復帰したい旨を伝えた。
もちろん体力的にはすぐに歌うのは無理だが、DELUGEのボーカルとしてバンドに戻りたい意思を伝えたのだ。
これまであえて連絡をしてこなかったポールや他のメンバーから「待っている」と歓迎メールが相次いだ。
婚約解消を発表してから初めてバネッサはファンに向けてSNSで発信した。
「DELUGEとバネッサ・グリーンは近い将来、復活します。今回の事件で私は子宮を失いました。でも私には音楽と、仲間と友人がいます。一生、歌とともに生きます!」
それに応えるようにDunkelheitのアマンダがブログで衝撃的な事実をカミングアウトした。
「私はロキタンスキー症候群です。生まれつき女性としての生殖機能が備わっていません。
5000人に一人の割合で発症すると言われています。今、カミングアウトするのはそんな女性が存在するという事実をみんなに知ってほしいからです。出産はおろかセックスも不可能です。ボーイフレンドができてもすべてそれが理由で別れました。でもそれが真実の私なのです」
デスメタル界のふたりのディーバの勇気あるカミングアウトに多くの賞賛が寄せられた。
バネッサとアーロンはお互いに連絡をとらないまま月日は流れた。
エヴァンとラルフは、ダブルデートのことを思い出して切ない気持ちになることもあったが、このまま別れたとしてもそれはふたりが決めたこととして受け入れるしかないと思うことにした。
それよりもエヴァンには最近もっと気になることがあるのだった。それはまた別のお話で。
DELUGEはニューアルバムに向けて始動開始した。
バネッサはボイストレーニングのかたわらジムにも通って体力作りに励んだ。銃弾を受けた腹筋がかなり落ちたのが気になっていた。発声にも支障があることを危惧してのジム通いだった。
あれからDunkelheitのアマンダとはライバルであると同時に親友にもなった。自分たちには歌うことしかないという悲壮な決意が二人を強く結んだ。
バネッサはマネージャーをジムのロビーに待たせてランニングマシーンで汗を流していた。
外の景色を見ながら無心になって走るのは爽快だった。
「ハーイ」
ふいに背後から声をかけられた。バネッサには振り向かなくても声の主がわかった。
「ハーイ、キミの走る姿とてもイイね。僕とつき合わない?」
「バネッサ・グリーンとわかっててナンパ?」
バネッサはこみ上げる笑いをこらえながら答えた。
「そうだよ。一生僕とつき合ってくれない?」
「どうしようかな? 幸せにしてくれる?」
外の景色を見ながらバネッサはまだ走るのを止めていない。
「それはわからない、でも僕もキミと一緒に幸せになりたいと思っている」
ふふっとバネッサは笑った。
「知ってる? 私はロックスターよ?」
「知ってるよ。そして僕はまだ学生。でもY大学のロースクールに合格したちょっぴりエリート候補だけどね」
「おめでとう! やったわね、アーロン。愛してる!」
バネッサはランニングマシーンから飛び降りるとアーロンに飛びついた。
ふたりは長い長いキスをした。
アーロンはひょいとバネッサを抱き上げるとお姫様抱っこのままでトレーニングルームを後にした。
あの夜、血まみれだったチープリングはようやくアーロンの小指から本来の持ち主の薬指で輝きを取り戻した。
END