女友達
退院したバネッサはジョージアの実家で療養していた。体の傷よりも心のダメージが深刻で自室に引きこもり家族とも最低限の会話しかしなくなった。
三度の食事より好きだったロックも彼女の部屋から聞こることはなく、家族はバネッサをひとりにしないよう常に目を離さないでいた。
ラルフは帰ってきたエヴァンからアーロンの話を聞いて泣いた。
なんとかアーロンが堕ちる寸前で保護できたこと。一晩、腕と腕をつないで眠ったこともエヴァンは正直に話した。
「アーロンはズタボロだったよ。無理ないよな。それでもバネッサの指輪は外してなかった」
「どうしてこんなことになっちゃったの? あんなに愛し合ってたふたりなのに」
ラルフはエヴァンの胸の中でさらに泣いた。エヴァンは優しくその髪をなでていた。
ひとしきり泣いたあとラルフが言った。
「アタシ、ジョージアに行ってもいい?」
「もちろん」
「アタシに何ができるかわからないけど、とにかくバネッサを抱きしめたいの」
「オーケイ。ラルフ、愛してる」
エヴァンはラルフにキスをした。
ジョージアの実家に突然帰省したラルフは家族に暖かく迎えられた。
「隣のじゃじゃ馬がかわいそうなことになった。ワシは長年ライフルを愛してきたが銃は護身と競技のためにしか使われるべきではないのだ。人を傷つけるための武器であってはならんのだ」
祖父のヘンリーがさらにその皺を深くしてラルフに語った。
「僕もそう思います」
沈痛な声でラルフは答えた。
「バネッサに会えるかわからないけど、グリーン家へ行ってきます」
グリーン家では姉のビクトリアがラルフを迎えた。
「ラルフ、来てくれたの」
玄関先で二人はハグをした。
「バネッサの様子は?」
「ぜんぜんダメ。部屋に閉じこもったまま。カウンセラーにかかろうにも家から出ようとしないの」
ビクトリアは肩をすくめた。
「ビクトリア、あなたの子供たちは?」
「子供なんて今のバネッサには酷よ。ダーリンのママに見てもらってるわ」
「バネッサのお部屋に行ってもいい? 場合によっては突入するかもしれないけど」
ラルフはかつて知った幼なじみの部屋のドアをノックした。
「バネッサ? 入っていい?」
返事はなかった。ノブを回してもドアは施錠されているようだった。
「お部屋に入れて」
やっぱり返事はない。
「バネッサ、ドア壊しちゃうけどいい?」
器物損壊になっちゃうけどね。あとでちゃんと修理するわよ、とラルフはつぶやきながらできるだけ後退してドアに体当たりしようと肩から突進した。
ちょうどその時、静かにドアが内側から開けられた。助走の勢いを止められないラルフはバネッサの部屋に飛び込んでテーブルの角にしたたか額をぶつけた。
額を押さえて倒れこむ2メートルの幼なじみにバネッサは悲鳴をあげた。
「ラルフ! 大丈夫?」
「大丈夫よ。鍛えてるもの」
と額を押さえて答えたラルフの指の間から血が流れてきた。
「ラルフ、血が出てる!」
「こんなの平気よ」
バネッサは部屋を飛び出すと階下に向かって叫んだ。
「ビクトリア! 大変なの、ラルフがケガしたの! 救急箱持ってきて!」
ビクトリアが持ってきた滅菌ガーゼでラルフの額を押さえながらバネッサが涙ぐんだ。
「平気よ、これくらい。圧迫してればすぐに止血できるわ」
「エヴァンが悲しむわ。どうしよう。額に傷つけちゃった。病院行きましょう」
「ありがとうバネッサ。でも大丈夫よ」
そう言うとラルフはバネッサを抱きしめた。小柄なバネッサがさらに小さくなっていた。
先に泣いたのはラルフだった。
「あの日、死んじゃうんじゃないかと思ったわ、バネッサ。生きててよかった」
あとは言葉にならなかった。
「死んじゃったほうがマシだった。だってもう赤ちゃん産めないのよ。アーロンの赤ちゃん産めないの」
バネッサが狙撃事件の後、初めて激しく泣いた。
「アーロンはきっと私を捨てられなくなる。そんな同情は嫌だったの。だから私から別れたの。もう愛してないって言ったの。アーロンの人生のお荷物になりたくなかったの」
ラルフはバネッサの両方のほっぺたを力いっぱいつねって言った。
「アタシがいちばん嫌いなのは暴力。本当はビンタしたいんだけど。そして二番目に嫌いなのは嘘つき」
バネッサはラルフの胸の中で号泣していた。バネッサを抱くラルフも、ふたりを見守るビクトリアも泣いていた。
「ねえ聞いて、バネッサ。あなたは違うって言うかもしれないけどアタシだって同じなの。アタシは肉体以外は女なのにエヴァンの赤ちゃんは産めないの」
バネッサは泣きじゃくりながらラルフの話を聞いていた。
「エヴァンは子供が大好きなのは見ていてわかるわ。お兄さんのふたごちゃんと接する時なんて本当に幸せそうだもの。でも彼がパートナーとして選んだのはアタシなの。子供を産めないアタシを選んだの」
ラルフは続けた。
「エヴァンから聞いたの。アーロンが子供を持つことに消極的なのは彼のアルビノのせいだって。あなたたちもっと話し合うべきだったんじゃないかしら?」
「なんで? 彼のアルビノは障害なんかじゃない。彼の魅力のひとつよ」
バネッサは反論した。
「アタシもそう思うわ。でもアーロンはまだ自分の魅力にじゅうぶん気づいてないのよ。前に家出した時もアルビノがお姉さんの破談の原因だと思ったからだったでしょ? アタシたちと同じで肌の色を本人がどう思うかなんてその人にしかわからないわ。誇りに思えるか恥じるか。アルビノは確かにマイノリティではあるものね」
「バカよ、アーロンは。あんなに妖精みたいにキレイなのに。私、大好きなのに」
泣きながら訴えるバネッサにラルフは言った。
「大好きを言う相手を間違えてるわよ」
「大好きよ、アーロン。愛してるの。愛してるの! ラルフも大好き」
「アーロンに伝えなさい。今だから言っちゃうけどあなたにふられたアーロンは自暴自棄になって失踪して、探し出したエヴァンとまた一夜を共にしたのよ。なにかあったらアタシ、あなたを憎んじゃうところだったのよ」
「ごめんなさい」
バネッサはまだ泣きじゃくっていた。
「ラルフ、傷を見せて」
ビクトリアが言った。
ガーゼを外すと血は止まったようだった。新しいガーゼを絆創膏で止めながらビクトリアが懐かしそうに話し出した。
「子供の頃3人でよくお医者さんごっこしたわよね。私が女医でバネッサが看護師で。ラルフはいつも患者だった」
「そうよ、ビクトリアとバネッサとでアタシのかわいいコックをさんざん弄んでくれたわね。アタシの神聖なコックに触れた女性は全世界でママとあなたたち2人だけよ」
「あの頃から私はラルフのことが大好きだったのよ。おじいちゃん達も私たちを結婚させようって約束してたでしょ? 私は本当にそうなればいいなって思ってたの」
ハイスクール時代ラルフに告白してふられたビクトリアだった。
「でも憧れのラルフは女の子だったのよね、心の中は」
ビクトリアが笑顔で言った。
「ビクトリア、バネッサ。アタシたち永遠に最高の女友達でいましょう」
ラルフも笑顔で言った。




