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ひとつになった夜

フロントの女性に多めのチップをはずんで自分のシングルの部屋に向かった。

吐瀉物にまみれて前後不覚に陥った若い男を連れ込もうとしているエヴァンの背中にフロントの中年女性の汚いものを見るような目が突き刺さった。


部屋に入るとアーロンをベッドに寝かせた。吐瀉物に汚れて異臭を放つシャツを脱がすとタオルで体を拭いた。アーロンの上半身はさらに筋肉がついていた。


『いつかその日がきた時、今の僕の貧弱な体じゃキミをお姫様抱っこしてあげることもできないじゃないか』


そう言ってバネッサにプロポーズしたアーロンだった。あれからもジムで黙々と鍛えていたんだな。幸せな未来しかないはずの二人だったのに。

アーロンのスキニーのパンツもシャツと同じく汚れていた。ベルトを外して脱がすとアーロンの体に毛布をかけた。


「エヴァン……」


アーロンに弱々しい声で呼びかけられた。


「なんだ?」


「あの夜の続きやらない?」


「断るね」


「僕のテクニックはすごいんだけどな」


「おまえとやるくらいなら大地に射精したほうがマシだ」


出会った時と同じ会話をしたエヴァンは悲しくなった。男娼をしていたアーロンと出会ってハワード市長の事件があって、だけどキミはすっかり立ち直ったんじゃなかったのか? 

でもアーロン。愛する人を失った悲しみ、苦痛は僕には計り知れない。

ふと父親とジョーイのことを思い出した。父さんに捨てられたジョーイはホテルから飛び降りて自殺を図ったのだった。


アーロンはそのまま寝てしまったようだった。寝顔に涙がひとすじ流れていた。

エヴァンも走り回ってひどく疲れていた。シャワーも浴びず汗臭いシャツを脱いでソファーに横になったが、はっとして飛び起きた。

狭いシングルベッドだけどアーロンの横で眠ることにした。

さっき外したアーロンのベルトでお互いの左手首を繋いだ。必然的にアーロンを後ろから抱いて眠るかたちになるのだが、そうしないと安心して眠れなかった。どうしても父親とジョーイの悪夢が頭から離れなかった。


アーロンはバネッサの夢を見ていた。夢の中では二人は幸せな婚約者のままだった。悲しい夢を見るほど、アーロンの中で別れはまだ現実的ではなかった。だから眠りからというよりドラッグから覚醒した時の絶望と喪失感はよけいにアーロンを苦しめることになった。

この苦しみから逃れるためにはまたドラッグをやるしかないのかな、そして体を売って薬代を稼いで。バネッサがいない人生なんて意味ないよ。死んだように生きるくらいならいっそ死んだほうが楽かもしれないな。

それにしてもここはどこだろう? 昨日、バックストリートでエヴァンに声をかけられたあたりまではかすかに記憶があった。


倦怠感に包まれた体を無理に起こそうとしてようやくアーロンは左手の拘束に気づいた。

振り向いたら眠っているエヴァンの顔があった。その左手はベルトでアーロンの左手としっかりと結束されていた。


「エヴァン……」


衝動的に何をするかわからない自分をこうやって拘束してくれてたんだエヴァンは。

それにしても手首が痛いよ、締めすぎだって。アーロンはちょっと笑った。

抱きしめようとしてもキスしようとしても、ましてやもっと甘美でセクシーな行為をしようにもこの体勢じゃ無理だよ、エヴァン。鼻の奥がつんとした。


鼻をすするアーロンの気配でエヴァンも目覚めた。ゆうべ消え入りそうだったアーロンだったが今朝はとりあえず自分の腕の中にいてくれてほっとした。

昨日アーロンを探して走り回って、結束した腕のせいで一晩中寝返りをうつこともできず体のあちこちが悲鳴をあげいていた。

だけどアーロンの背中から伝わってくる体温が心地よかった。


「生きててくれてよかった」


背後からアーロンを抱きしめながらエヴァンは言った。アーロンの嗚咽が漏れた。

半裸の男同士が腕をベルトでつないで抱き合っている今のこの状況、ラルフが見たら一発でアウトだな。何もなかったは通用しないな。ふふっと笑いがこぼれた。

でももうしばらくこのままアーロンを抱いていてもいいよね、ラルフ。



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