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Backstreet

確かに聞こえたアーロンのスマホの呼び出し音が途絶えた。もう一度かけ直したが呼び出し音は聞こえなかった。

代わりに聞こえた「電源が入っていないか電波の届かない場所にいます」という音声がエヴァンの不安を煽った。


エヴァンはバネッサの病院に駆けつけた。アーロンの姿はなかったがバネッサの姉からふたりの決定的な別れを聞いた。しかも一方的な。

病院からアーロンの姉のイリーナに電話した。アーロンはやはり家にも帰ってなかった。


「アーロンが心配だ」


「私も心当たりを探すわ」


アーロンが住んでいるこの町に土地勘もないエヴァンはただやみくもに走った。

途中、何度もアーロンに電話したがやはり「電源が入っていないか電波の届かない……」という音声だけが虚しく繰り返された。


「アーロン、どこにいるんだ」


着信を拒否している、もしくはスマホを手放したアーロンの心はどんなにすさんでいるんだろうか。

婚約中の恋人は銃弾に倒れ傷つき、女性として大切な機能を失った。そして一方的に婚約を解消されたアーロン。

携帯が普及してから誰かを探し回るなんてことは前時代的な行為になっていた。誰もがどこでもつながりたい相手とつながっていた。相手が拒否さえしなければ。


時間だけが過ぎてエヴァンは疲労していた。

ときどき連絡を取り合うイリーナにもアーロンは見つけ出せなかった。

エヴァンはタクシーを拾った。自分がしようとしていることにとても嫌悪感を覚えたが今はアーロンを見つけることが先決だった。


「ヘイ、旅行中なんだけど男娼を買える場所に案内してくれないかい?」


タクシードライバーはニヤニヤしながらルームミラー越しにエヴァンを見た。


「お客さんも好きだね」


タクシーはとある裏道に入っていった。土地感のないエヴァンには到底たどり着けないような怪しげなゾーンだった。

明らかにプロの男娼がストリートで客を待っていた。ゲイのカップルが寄り添ってハグしている。かつてのエヴァンには見慣れたごく普通の光景だったが、今は自分のことは棚に上げて忌々しい気持ちで彼らを見た。

アーロンを見つけたい気持ちと、こんなところでアーロンに会いたくないという気持ちが交錯していた。


タクシーの前方にカップルがいた。大柄な男性に肩を抱かれている華奢な少年。

その後ろ姿を見たエヴァンはドライバーに「止めてくれ!」と叫んだ。


「アーロン!」


声をかけられて振り向いたのは、アルビノの美少年だった。


「ハーイ、エヴァン」


振り向いたアーロンは笑顔だったが目はうつろだった。


「こいつは俺が買ったんだ。失せろ」


連れの男がエヴァンの前に出てきて声を荒げた。


「3人で楽しまない?」


と笑いながら言うアーロンの目は焦点が定まっていない感じだった。


「こいつはHIVのポジティブ(陽性)なんだ」


とエヴァンはその男に言った。


「え? なんだよ! 金を返せ! AIDS野郎なんかとやれるか! Fuck!」


エヴァンはポケットから相場以上の金を出してその男にくれてやった。


「アーロン! おまえドラッグやったのか?」


「ドラッグもやったし酒も飲んだよ。めちゃくちゃハイになれるよ。エヴァンもやろうよ」


「自分が情けなくないのか? ロースクール受験するんだろ?」


「は? ロースクール? くだらない。正義なんてない。受験する意味もない」


「そしてまた体を売るのか? ドラッグまでやって。最低なやつだな」


「バネッサに会う前に戻っただけだよ。あの夜の続きやろうエヴァン」


そう言うとアーロンはいきなり口を押さえて、そして嘔吐した。

そのまま倒れ込みそうになったアーロンを抱き起こしエヴァンは背中をさすった。

ほとんど自力で歩けないアーロンを支えながらエヴァンはタクシーを拾って宿泊している安ホテルに戻った。


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