破局
医師からバネッサに事実が告げられた。女性として自らの体で子供を授かり育むことができなくなったという事実。婚約中のバネッサにとってこれほど残酷な告知はなかった。
バネッサは泣かなかった。泣く感情さえ失ったというほうが正解だった。
その日を最後にバネッサは母親と姉のビクトリア以外の入室を拒んだ。アーロンの訪問も電話もメールも拒否した。
そして深夜、バネッサの公式SNSに衝撃的な一文が発表された。
「DELUGE バネッサ・グリーンはアーロン・ハイリネンとの婚約を解消します」
「なんだよ!」
自宅でブログを見たアーロンはスマホを床に投げつけた。
同じブログを見た姉のイリーナは荒れ狂う弟を不憫に思う一方、女性としてバネッサの気持ちも理解できた。
「こんな一方的なやり方ないだろ? バネッサに会ってくる」
アーロンは家を飛び出した。
DELUGEバネッサとアーロンの婚約解消のニュースはたちまち世界中の知るところとなった。
エヴァンもホテルでバネッサのブログを見た。ついにその日がきたのか。
病室の前でアーロンはバネッサの母親と姉ビクトリアと向き合っていた。
「ごめんなさい、アーロン」
母親は泣きながらアーロンに詫びた。
「バネッサの本心を直接聞きたい」
とアーロンは病室に入ろうとした。
「あれは本心だと思う。バネッサはあんな重大なこと一時の感情で発表する妹じゃないわ」
とビクトリア。
「バネッサ!」
そこが病院であることを忘れてアーロンは叫んだ。
しばらくしてバネッサの平たい声が答えた。
「入って」
「どういうことだ、バネッサ」
アーロンは感情を押し殺して訪ねた。
「SNSに書いたとおりよ」
無表情のバネッサが答えた。アーロンの目を見ようともしなかった。
「ふたりの問題じゃないのか? 一方的にキミが決めることじゃないだろ?」
「わからないの? あなたに無慈悲な選択をさせないための私の結論よ」
「子供が持てないことがそれほど重大なことか!」
「重大よ。私はパーフェクトじゃなくなったわけよ。子宮と一緒にあなたへの愛も無くしたの」
「勝手すぎるよ。僕の気持ちはどうだっていいのか」
「帰って。その指輪もそのままどこかに捨てちゃって、もう意味ないもの」
「バネッサ、愛してるんだ」
「私は愛してない。もう誰も愛さない。さよなら」
バネッサはベッドの中でアーロンに背を向けた。強い意志と決意が感じられた。
しばらくその背中を見つめていたアーロンだったが、小さなため息をもらすと肩を落として病室を出た。
「ごめんなさい、あの子を許して」
バネッサの母親が再び泣いて詫びた。
ビクトリアは黙ってアーロンをハグした。
一発の銃弾が幸せなふたりを引き裂いた。
バネッサの体の傷は癒えてきたが、心は死んだ。そしてアーロンの未来も奪った。
放心状態のアーロンは病院を出て目的もなく歩いていた。橋を渡っている時にスマホが着信を告げた。
エヴァンからだった。
アーロンは鳴り続けているスマホをそのままポイっと川に捨てた。
バネッサを失った今、もう誰ともつながっていたくなかった。




