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ビデオレター

「ラルフだー!」


「ほんもののラルフだー!」


グレッグとセシリーのツインズはラルフにしがみついた。ラルフは軽々と彼らを抱っこした。

エヴァンとラルフは久しぶりに実家に帰ってきた。あのカミングアウトのときは二度とこの街に戻ってくることはないと思っていた二人だった。


ラルフが難しい訴訟を勝利で終えて少し時間ができた。

そしてエヴァンが新しい分野に挑戦して書きあげた文章がそこそこ評価を受けた。

あのハワード市長の事件、結局彼の別荘敷地内から行方不明になっていた男娼たちの死体が発見されて世間を震撼させたのだが、その事件のルポを雑誌に連載したのだ。危うく大切な友人がその毒牙にかかりそうになったことへの怒りと自責の念も今回、エヴァンの書く力となった。

伯母のスーザンからの電話で


「事件のルポ読んだわよ。なかなか冴えてる文章だった。淡々とした文章の中に静かな怒りが読み取れたわ」


と評して


「ところで婚約者はいつ紹介してくれるのかしら?」


とやんわり催促されたのも今回の帰省の理由のひとつだった。


久しぶりの実家はやっぱり少し様子が違っていた。イーサンとシンディはあいかわらず仲良しだし、ツインズは無邪気で元気だけど、父親の姿がないことは大きかった。


「グレッグとセシリー、急に父さんがいなくなってさみしがらなかった?」


とエヴァンが心配してたずねるとシンディが


「ちょっとこれ見て」


と笑いながらスマホのビデオ機能を再生した。


『ハーイ。グレッグ、セシリー、いい子にしてるかな?今日の歌はこれだよ』


ギターを持ったレイクが自撮りで「イッツアスモールワールド」を弾き語りし始めた。


そのサウンドを聞きつけたふたごがラルフの手を引っ張って動画を見せようとやってきた。


「レイクのお歌だー」


「ラルフも一緒に歌おう」


「オーケイ」


とラルフが笑って応じた。エヴァンはピクンと反応した。

そういえばラルフが歌うのなんて見たことない! ワー、ワー、楽しみすぎる。もしかしてめちゃくちゃ音痴とか? ほくそ笑むエヴァンの期待は軽く裏切られた。

ふたごを膝に抱っこして楽しげに歌うラルフのその歌声は、ベッドでエヴァンに愛を囁く時のそれよりももっと優しくクリアだった。ここが実家じゃなく、甥や姪の前じゃなかったらたちまち欲望の妄想を駆り立てられただろうエヴァンだった。


「ステキ! ラルフの歌声! どこかで本格的に歌ってたの?」


とシンディが目を輝かせた。


「大学のとき、グリークラブにも参加していたの。短い期間だったけど」


ラルフっていったい何者? ディベート、ライフル、アメフト、陸上などスポーツ全般、つき合って3年、またまた新しい情報が更新された多才な恋人をエヴァンは誇らしく思った。

しかし自分には少々の文章を書く能力と、あと性豪なくらいしかないよな、ちょっとみじめになったエヴァンだった。


新しい情報の更新と言えば父親のレイクもだった。 

 

「父さん、なんかキャラ変わってない?」


とエヴァン。


「スマホのメールもろくに打たなかったのに。今はビデオ自撮りだよ」


とイーサン。


「お父さん、幸せで充実してるのよ、この動画だってちょっと手ブレしてるわ。きっとジョーイさんが撮ってるのね」


とラルフが笑った。


「レイク、なんかこっちにいたときより人間っぽくなっているわ。少なくとも孫に歌を聞かせるキャラじゃなかったもん。クールすぎたっていうか」


とシンディ。


「40年背負ってた荷物おろして楽になったんだよ、きっと」


と再びエヴァン。


父親のレイクはロックバンド、ロートレックの再結成ライブのため元の恋人ジョーイの元に身を寄せている。元の、というより今も恋人だけど。

そのライブの日時も決まり、いっそう練習に明け暮れているだろう中、遠く離れた孫たちのためにせっせと弾き語り付きビデオレターを送ってくる。


「父さん、なんかかわいすぎる」


とエヴァンが笑った。


エヴァンたち兄弟にとっての偉大な伯母、スーザンがやってきた。

母親を早くに亡くしたイーサン、エヴァンにとって彼らが窮地に陥った時、常に相談相手になってくれる伯母だった。


「スーザン、僕の婚約者のラルフだよ」


エヴァンがラルフを紹介した。ラルフとスーザンは笑顔でハグした。


「いつもあなたの話を聞かされていたから初めて会った気がしないわ、ラルフ」


「アタシだって。エヴァンからあなたの噂を聞いてて、その時点でもう大好きだったわスーザン」


「ラルフはギルバート家の女性とは波長が合うのよ、なぜか」


すでにラルフと女友達であるイーサンの妻シンディが加わった。

ラルフを含む女性3人がキッチンでガールズトークで盛り上がっている頃、リビングでエヴァンは兄のイーサンと話していた。


「この前、ジョージアのラルフの実家へ行ったんだ」


「で、どんな修羅場だった?」


とニヤニヤしながら問うイーサン。


「修羅場はひどいな、友達としての帰省だったんだ。ラルフの家族を欺いてね。ところがご両親が僕のあの小説を読んでた」


肩をすくめたエヴァンに


「OH MY GOD! わくわくする展開! で?」


イーサンは身を乗り出した。


「ご両親は認めてくれたよ。でもおじいさんがいるんだけどおじいさんには知られないようにするって決めたんだ」


「そうだね、カミングアウトされる側の気持ちはよーくわかるからね」


とイーサン。 エヴァンはもう一度肩をすくめた。


にぎやかなホームパーティが始まった。ふたごたちは相変わらずラルフにまとわりついていた。

そんな姿を見てエヴァンは心が痛んだ。ラルフのおじいさんの言葉を思い出したからだった。


「お前に子供が生まれて6歳になったらファーストライフルはぜひ私にプレゼントさせてくれよ」


ごめんなさい。それだけはいくら性豪の僕にだって不可能なんだ。


「ねえエヴァンとラルフはいつ結婚するの?」


とスーザンが聞いた。


「もうラルフのご両親の理解も得たからいつでもいいんだ、ただまだ指輪が買えてない、ひざまずいてプロポーズもしてなかった」


とエヴァン。


「アタシはいいのよ、女の子は約束だけで生きていけるもの。いっそバネッサとアーロンと一緒にっていうのはどうかしら?」


「じゃあ父さんとジョーイも一緒なんてのは? なんかすごいことになりそうだね」


エヴァンが笑った。

こんな話を聞いていてもイーサンは不自然さも嫌悪感も感じなくなっていた。ちょっと前の自分だったら同性婚なんて汚らわしくて恥ずべきもの以外なにものでもなかったのに。

弟エヴァンの勇気あるカミングアウトは、自分を変えて、父親をも救ったんだな。


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