肆
あれから一週間後には雨雲はどこかへ姿を消してしまった。
今日もお天道様の姿を拝むことができる。
うめやひよは晴れたのがそんなに嬉しいのか、家の周りを笑いながら走り回っている。
ともえはその様子を家の中から呆れたように眺め、ちえとさえはただ私と一緒に村がある階段の方を見つめながら立っていた。
笑い声にまじって他の声も聞こえてくる。
あぁ、聞きたくない。
そんな私の思いとは裏腹に声は少しずつ、少しずつ大きくなっていく。
聞きたくない。
聞きたくないわ、そんなもの。
そんなもの言われたって、もうどうにもならないの。
そんなもの、意味がないのよ。
階段の先からお坊さんと村長らしき人が上がってくるのが見える。
その後ろには村に住む人々たち、おばばの姿もあった。
「うわぁ、こんなに人がうち来るなんてめずらしいね」
お坊さんたちに気がついたひよは興味あり気に見る。
そうか、ひよは初めてだもんね。
「何、また来たの?」
続いてうめもこちらまで来て足を止める。
全員が集まったからか、ともえは耳を両手でふさぎながらこちらまでやって来た。
「誰が来ようと構わないけど、あの何か唱えてるのやめてくれないかしら」
どうやらともえも念仏は好きではないようだ。
お坊さんは私たちの家の正面で足を止めつぶやき続け村人は頭を下げている。
よく見ると村長はとても小さな箱を抱えていた。
あれが今回の子だと言いたいんだろうか。
違うでしょ? そこには何も入ってなんていないんでしょ?
知ってるよ、そこには肉も骨も魂すらその中にはない。
いくらあなたたちが願おうと乞おうと、私たちのために社を建てたり、お供え物をしてくれたって私たちはこの場所から成仏することはない。
絶対に、絶対に、ありえないんだよ。
ねぇ、あなたたちは知ってるの?
私たちの中にはね、自分がもう生きていないということすら気がつけていない子だっているの。
自分が死んだ理由もわからずにいる子もいるの。
それぐらい、幼い子たちばかりなの。
ふとお坊さんから目を話すと村人の中に小さな女の子がじっとこちらを見つめていた。
私が手を小さく振るとその子も笑って手を振り返す。
そうか、今回はあの子だったのか。
手を振る女の子に気づき、うめは嬉しそうに笑う。
「あの子、新しい家族かな?」
「そうね、きっとそうよ」
私がそう答えると他のみんなもうれしそうな顔をする。
「よーし、迎へに行こう!」
うめたちが走り出す。
もちろん私もついて行く。
いきなり大勢で行ったからかしら。
その子は少しびっくりしたような顔をしていた。
「はじめまして、ひよはね、ひよっていうんだよ」
まず一番にひよがその子に自己紹介をする。
ひよよりその子の方が大きい。
ともえと同じくらいの歳なのかしら。
「はじめまして」
私は少しかがんでその子に挨拶をする。
「は、はじめまして」
その子は少し小さめの声で私に返す。
「あなたのお名前は?」
「ももです……」
「そう、もも。私はあやめって言うの」
「あやめさん?」
「さん、なんて言わなくていいんだよー」
うめが手をひらひらと振る。
「これからはももだってあたしたちの家族なんだし、さんなんて他人みたいじゃん?」
「家、族……?」
ももは不安そうな顔をする。
「でも、私、何も覚えていないんです。この村に住んでいたことは覚えてるんですけど……。気がついたらみんながここへ向かっていて……。私、なんでかついてかなきゃって思って、それで」
「いいのよ」
私はももの話を止める。
「え?」
「それでいいのよ、何も覚えていなくて、ここにはあなたと一緒に暮らす家族がいて、ここにはあなたの家がある。何の心配もいらないわ」
私が微笑むとももも同じように微笑んだ。
「じゃあせっかく新しい家族ができたんですもの、みんなで遊びましょうか」
私がみんなに言うとみんなはすぐに何をして遊ぶかという相談をし始める。
私たちは何もしない。
何もできない。
この地に身を捧げた魂。
いや、本当に魂なのかどうかすら私たちに確かめる方法なんてないのだけれど。
今更、なぜ選ばれたのが私たちだったのかと問い詰めることも責めることもしようとは思わない。
そんなことしたってもうどうにもならない。
ただ私たちはずっとここにいる。
例えあなたたちが死んで天に向かっても。
例えこの村が滅んでしまっても。
時代が流れ今の世が全く別の姿に変わっても。
私たちはずっと変わらずここにいる。
私たちは変われない。
ここで生きている人間と同じように、けんかして、泣いて、遊んで、笑って毎日を過ごすのです。
あなたたちはどうなんでしょう?
生きている人間が変わることがあるんでしょうか?
何かを犠牲にせず生きるなんてことできるんでしょうか?
何が正解なのか。
どうすればよいのか。
そんなこと私にはわからないけどわかっていて欲しいことがあるのだとしたら一つ。
せっかく私たちが死んだんだもの。
その分までしっかりと生きてくださいね。
私たちはいつまでもあなたたちのことを見ていますから。
「おーい、あやめー! 通りゃんせになった!」
うめの呼ぶ声に私は笑って答える。
「わかった、今行くわ」
「それが終わったらかくれんぼと花いちもんめと……あ、鬼ごっこもするからな!」
「えぇー、そんなにしてたら日が暮れちゃうわよ」
「いいんだって。今日は特別なんだから」
あ、そうだ。
私は足を止める。
もし、もしもあなたたちの時代のどこかで私たちのような者がいるならば教えてあげてください。
ここにはあなたの家族がいます。
心から安心できる場所があります。
きっと時代が違っても私たちはここにいるでしょうから。
そしてあなたたちは覚えておいてください。
もう二度とここには来ないで。
これにてお話終了です。