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弐。

 昼になるとひよたちみんなは昼寝をしてしまった。


 今家にいる中で起きているのは私だけだ。


 私は一人ぼんやりと空をながめる、最近は今日のような気持ちがいい天気が多く、家も村の方もとても静かだ。


 風が吹けば木についている葉っぱが触れ合い少しこそばい音を立てし、風が止んで家の方に少し耳をすませれば四人のかすかな寝息も聞こえてくる。


 なんて平和だろう。


 なんて穏やかなんだろう。


 こんな毎日が続いてくれればよかったのに。


 そうなれば私たちは今、こんな所で暮らしてなんていなかったかもしれないのに。


 まぁでも、今の暮らしが嫌いな訳じゃないのだけれど。


 それはそうとうめはまだ帰ってこない。


 夕暮れまで遊ぶにしろお昼ぐらい一度戻ってくればいいのに。


 うめがいるとすれば山か村の方だろうか。


 山の方はともかく村の方は絶対に行かなきゃいけないとき以外行くなって言ってあるのに。


 少し様子を見に行ってみようか。


 この子たちを置いていくのは心配だけど、少しぐらいなら問題ないだろう。


 私が村へ行こうと階段まで行くと下から誰かがやってくるのが見えた。


 よく見るとおばばだ。その隣には何か楽しそうに話すうめの姿もある。


 どうやら探す手間が省けたみたい。


 私は降りるのを止め、大人しく家の前で待つことにする。


 そうだ、さえたちは起こした方がいいかしら?


 特にひよは毎日おばばが来ることを楽しみにしている


 でも寝顔を見ているととても気持ちよさそうだ。


 他の子たちもよく眠っているし……。


 今起こしてしまうのはかわいそうね。


 私はそう思い一人でおばばが上がってくるのを待つ。


 少しするとおばばは手に野菜の入った網かごを持ってうめと一緒に上がってきた。


「いらっしゃい」


 おばばは網かごを下に置き、外廊下にその野菜を一個ずつ丁寧に置いていく。


「最近天気もいいからたくさんとれてねぇ。このなすもえらい大きいじゃろう?」


 そう言って笑ってみせるおばば。


「今日は食べ物ばかりだけどまた竹とんぼを持ってくるからねぇ」


「本当!?」


 うめがおばばの後ろでうれしそうな顔をする。


 おばばはしゃがんで寝ているひよたちの方を見ながら言った。


「向かいのじいさんが作ってくれる言うとったんよ」


 おばばの向かいに住むおじいさん、さぁどんな人だっただろう。


 うめはおじいさんのことを知っているのか一人はしゃいで踊り回っている。


「楽しみにしときぃね、またくるから」


 そう言って立ち上がるおばば。


 階段へ向かうとき私はおばばの口がかすかに動いているように見えた。


 何を言っているのかは小さすぎて聞こえない。


 だけど毎日そうだし、何を言っているのか大体見当はついていた。


「おばばって相変わらず耳遠いよなー」


 うめがおばばが帰っていった方を見ながら言った。


「その話し方やめなさいって言ってるでしょ?」


「いーの。この話し方じゃなきゃなんか落ち着かないし」


 確かにうめが言うようにおばばに私たちの声は聞こてない。


 いつも言いたいことだけ言って帰ってしまう。


 でもおもちゃを持ってきたときなんかはさえたちに遊び方を教えたりもしてくれるのだ。


 もう声が聞こえないのは歳のせいだということもあるのかもしれない。


「だけど私たちだけなのかも」


「え、何か言った?」


 うめが尋ねてくる、私はいいえと首を振った。


「そんなことよりうめ、やっぱりあなたまた村の方へ行ってたのね」


「違うよ、山近くにある川。おばばとは階段のところでたまたま会っただけ」


「でも向かいのおじいさんのことは知ってるんでしょう?」


「うっ……。ちょっと、ちょこっとだけ見たことがあるだけだもーん」


「……」


「だ、だってしょうがないだろ! 一人でずっと遊ぶなんておもしろくないじゃん!」


「たまにはさえたちとも遊んであげればいいじゃない」


「いいのか?」


「やっぱりだめ」


 この子ならみんなが泣き喚いても遊ぶことを止めないだろう。そんな風景が当たり前のように浮かんでくるのがこれまた悲しい。


「あなたももっとおとなしくしてることができるようになればいいのにね」


「できないよ。あたしはあやめより大人じゃないもん」


 その言葉を聞き私はため息をつく。


 うめはこの家の中で一番目。


 でも一番大きいのは私だ。


「そんなことより、あやめ」


 うめは少し明るい声を出す。


「一つ、いいこと教えてあげようか?」


「何を?」


 私が首をかしげるとうめは少しうれしそうに言う。


「もうすぐあやめの嫌いな雨が降るよ」


「……どうして?」


「どうしても何も雨のにおいがするからさ。強い雨のにおいがする。こりゃ何日も、いいや。下手すれば何週間も降るかもしれないよ」


「それのどこがいいことなの?」


「え?」


 うめは不思議そうな顔をして言う。


「だって嫌いなものが突然やってくるより、前もって知ってて心の準備ができるほうが『よし、どっからでもかかって来い!』って思えるし、よくない?」


「……」

「うめおねぇちゃん……?」


 ひよがうっすらと目を覚ます。


「あ、ごめん、起こしちゃったか?」


「ううん、二人ともそんな所でどうしたの?」


 まだ少し寝ぼけているらしくひよは目をこすりながらこちらまだでやってくる。


「あぁ、さっきおばばが来てくれたのよ。ほらそこの野菜を届けにね」


 私がそう言うとひよの眠気はどこかへ飛んでいき、私の顔と野菜を行ったり来たりと見る。


「えぇー! おばば来たの? ひよも会いたかった!」


 そう言いながらともえのときには我慢していた涙を今度は何の躊躇もなく流し始める。


「なんで起こしてくれなかったのぉ!」


「ご、ごめんね。あんまり気持ちよさそうに寝ていたから……。でもほら、また明日会えるじゃない」


「今会いたいの!」


 ひよは泣き止むどころか大声を上げて勢いが増していくばかりだった。


 まさかこんなに泣かれるとは……。


 ひよの泣き声で眠っていたさえとちえ、ともえまで起きてしまった。


「じゃあさ、今から行けばいいじゃん」


「え?」


「だからこっちから村に行っておばばに会いにいくんだよ。そしたらひよも満足だろ?」


 そう言ってうめはひよに笑ってみせる。


「う、うん――」


「だめ!」


 私が二人の間に割っ入った。


「村に行くなんて、だめよ、そんなの」


「別に怒鳴らなくてもいいじゃん……。あ、ひよ一人じゃ心配ならあたしもついていくからさ」


 私はうめを睨みつける。


「それでもだめ! ひよを連れて村には絶対に行かないで。大体、うめはいつも危ないことをしすぎなのよ。それで私がどれだけ心配して……。しばらくはここを出ないようにしなさい。山も川も、行かないように」


 その私の言葉がしゃくにさわったのだろう。


 下に出ていたうめが私に睨み返してきた。


「なんだよそれ、なんであたしたちがそこまであやめにとやかくいわれなきゃいけないわけ? あたしたちがどこへ行こうがどこで遊ぼうかあんたには関係ないじゃん」


「関係ないって……」


 私はそこで言葉を止める。


 そうだ。


 私にはこの子にそこまで言える権利なんてない。


 だって私はこの子たちと血も繋がっていない関係なんだから……。


「……ひよ、行こう」


 うめがひよの手を握り家の中へ戻っていく。


 ひよが、ううん、ひよだけじゃない。


 さえもちえもともよも私を怯えた目で見ていた。


 だめなのよ。


 もう、もう。


 ……川がだんだん汚れてく。

 

                            つづく

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