壱。
昔々、あるところに私の家がありました。
私の家は少し村から離れていて小さな山の上にありました。
お父さんもお母さんももういないけど私には一緒に暮らす家族や、毎日村からやって来てくれるおばばがいるので寂しくはありません。
今日もいつも通りみんなで遊びます。
あの子達が二手に分かれて手をつないでます。あぁ、通りゃんせみたいですね。
あの子達が私を呼んでる、少し行ってきますね。
あなたはそこで見ていてください。
『――とぉーりゃんせー、とぉーりゃんせー。こーこはどーこの細道じゃー――』
真っ白な雲がきれいな川のような空を泳ぐ、そんなある日。
「おねーちゃん、あやめおねーちゃん」
六番目のひよが涙声でしゃくりを上げながら私の着物の袖を両手で引っ張ってきた。
「どうしたの?」
私が尋ねるとひよは瞳にこらえきれなかった涙を一つ、二つこぼしながら言った。
「あ、あのね、ともちゃんがね」
私はその名前を聞いてなぜひよが泣きそうになっているのか理由はわかった。
「それでどうしたの? 今度は何を取られたの?」
「ひよのひな人形……」
あぁ、あれか。
「ともえはどこにいるかわかる?」
「多分、裏……」
「じゃあ、ほら仲直りしに行こう」
「でも、ともちゃん、とっても怒ってたの……」
「大丈夫、きちんと謝れば許してくれるわよ」
「ほんと?」
「えぇ、だから一緒に行こう?」
「うんっ」
私は小さなひよの手を握り家の裏へと向かう。
ひよがともえに取られたというひな人形は本当はひよの物、というわけじゃない。
おばばが私たち全員のためにと持ってきてくれたのだ。
そしてその人形をひよはとても気に入っている。
常に持ち歩いているぐらいだ。
対してともえはひな人形をそこまで好んでいたわけではなかった。
ならなぜ人形を取ったのか、それはひよとともえの仲があまりいいと言えないから。
ひよとともえはどうやら馬が合わないらしくてこういった出来事は日常茶飯事なのだ。
「あ、いた」
ひよの言った通りともえは家の裏にいて何やら木の枝を使って地面に落書きをしているみたいだった。
「ともえ」
私が呼ぶとともえは驚いた顔をこちらに向けたけど、ひよが私といるとわかると子どもながらに怒りの感情を顔に出す。
「またねーさんに言いつけたの?」
「……」
ひよが私の後ろに下がり自分の姿をかくそうとする。
「いっつもそうだよね、自分一人じゃなんにもできないわけ?」
「……」
「まぁまぁ」
ひよを睨みつけるともえを私はなだめる。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない。どうせまたくだらない理由でけんかしたんでしょ?」
「……」
「ほら、ひよも。仲直りするために来たんでしょ」
私はひよの背中を押してともえの前に出す。
「ともちゃん……」
ひよが話しかけるがともえはひよの顔を見ようともしない。
「あのね、さっき絵下手って言っちゃって、ごめんね……」
やっぱりそんな理由だったのか。
「……」
「ともちゃん」
「ふん」
ともえは鼻を鳴らしてどこかへ走って行ってしまった。
「あっ……。あやめおねーちゃん」
ひよが私の顔を見上げる。
「ひよ、ちゃんと謝ったよね……? なんでともちゃん、まだ怒ってたのかな?」
そう言いながらひよはまた泣きそうになる。
するとそこへさっき走ってどこかへ行ってしまったともえがまた戻ってきた。
その手にはひよのお気に入りであるひな人形が握られている。
「……」
ともえはひよにひな人形を持っている方の手をのばし、ひよはそっとその手からひな人形を受け取る。
「次は謝ったって許してあげないから……」
「うん、ごめんね」
私はふとともえ足元を見て思わずほほえんだ。
そこにはとてもお世辞でうまいとは言えないヘンテコな絵が書かれていたのだ。
もしかしてここで練習でもしていたのだろうか。
ともえだって意地をはっても年齢はひよと対して変わらない。
単純で純粋でそんな姿はとても可愛らしかった。
ひよとともえの件が解決したあと、私が家の表側に出ると庭のはしっこの木陰でさえとさちがしゃがみこんでいるのが目に入った。
「さえ、ちえ。何を見ているの?」
私が話しかけると二人は同時に顔を上げる。
さすが双子だ。
二人は顔つきがよく似ており私たちの中でも一番目であるうめ以外は見分けることができない。
なので二人は別々の色の着物を着ている。
橙色の着物を着ているのがさえ、桃色の着物を着ているのがちえで私たちの中で三番目と四番目にあたる。
仲もひよとともえとは正反対でとてもいい。いつも一緒に行動しているくらいだ。
「あり」
「ありの列を見ていたの」
二人が私の質問に答える。
表情はどちらもあまり表には出さない。
「昨日も見ていなかった?」
「見てた」
「見てたよ、明日も見るの」
「見ていて楽しい?」
「楽しい」
「楽しいよ。けど、少し退屈」
二人は私の顔をじっと見つめ、同時にその口を動かす。
『あやめ姉さん、何かおもしろい遊び知らない?』
感情をあまり出さないのでわかりにくいが私に何か期待をしているのはわかった。
だけれど私はあまり遊びに詳しいわけじゃない。
「残念だけど、あなたたちが喜んでくれそうなことは知らないわ。うめなら何か知ってるんじゃないかしら」
うめは私たちの中で一番遊ぶことが大好きだ。
「うめ姉さんはだめ」
「うめ姉さんは活発すぎてついていけないからだめ」
確かにうめとこの双子ではいろいろな面で差がありすぎる。
きっと二人は途中で疲れ果ててしまうだろう。
そう言えば今日はまだうめの姿を見ていない。
「うめはどこに行ったか知らない?」
「ううん」
「ううん、知らないよ」
「遊び」
「遊びに行ったんじゃないの?」
「やっぱり、そう思う?」
もう、あまり遠くには行くなっていつも言っているのに……。
つづく