民宿の彼
「祭り?」
引っ越しの翌日の昼間。
父が、今日の夜に駅前通りで夏祭りが開催されることを聞きつけてきた。
「毎年、3日間かけてやるらしい。基本的に出店メインで、ものすごく賑わうんだとさ」
「へぇ」
「なになに?何の話?」
丁度、シャワーを浴びていた伊吹が出てきて、話に入ってきた。
上半身裸で、まだ髪の毛から水滴が滴っている。
「今日、駅前で祭りやるんだって」
「祭り?面白そう!」
白いタオルで濡れた頭を拭きながら、伊吹は目を輝かせた。その子供みたいな表情に、つい笑ってしまう。
「なぁ親父!今日、行っていい?」
「あぁいいよ」
「本当⁉︎」
まるで子供みたいな会話。とても23歳とは思えない。
なんたって伊吹のあだ名は、ピーターパン。永遠の子供だ。
でも私は、そんな伊吹の変わっていないところが好きだ。
「じゃあ、あたしも行きたい」
「愛理も行きたいって」
少し適当に流しているように聞こえた。
鼻歌を歌いながら、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
「分かった。行っていいから、2人とも10時までは帰ってこいよ」
父が呆れたように言った。
伊吹を見た。
やっぱり子供みたいに目をキラキラさせながら、そのままの格好で、牛乳をコップに注いで飲んでいた。
日が暮れてきた頃。
私の部屋は海だけでなく、近所の家々も見える。家々が連なる先に、海があるのだ。
部屋で祭りに行く準備をしていた時だった。
昨日行った「海のひまわり」も見えた。
(大きな家だなぁ)
民宿だから、当たり前のことだ。
外の夕日が沈んでいく。
暗くなっていく中、部屋の出窓から海のひまわりを眺めていた。
玄関がガタガタと揺れている。
あの時、友紀さんが出てきたみたいに。
「ん?」
中から誰か出てきた。
友紀さんだろうか?
そう思って、じっと見つめていた。
でも出てきたのは、友紀さんではなかった。
「……誰?」
男の人だった。
小さいバックを持っている。
私と同じくらいの見た目だったから、友紀さんが言っていた弟だろうか。
祭りに行くのかな?と思っていた。
彼を眺める。
遠くからだから、あまり細かい部分は分からない。ただ、分かるところは分かった。
友紀さんより濃い茶髪で、青いTシャツを着ている。
顔ははっきりと見えなかった。
彼はまるで、私の視線を感じているかの様にあたりをキョロキョロしている。
しばらくして彼が見えなくなるまで、私はずっと彼を見つめていた。
不思議な感じがする。
なんだろう。
期待のような気持ち、全身が熱くなるような感じ。
しばらくぼーっとしていた。
「愛理、行くぞ!」
下の階から、伊吹の声が聞こえた。
「分かった!」
そう言って、携帯と財布を持って下へ降りる。
彼に会えるのではないかという期待が、私の頭の中をよぎっていた。