「海のひまわり」
勝次さんたちを見送った後。
近所への挨拶の準備をする。
父と私、伊吹に分かれていくことになった。
「皆、優しい人たちだといいな」
私がふいに呟いた独り言。
兄は白い半袖のシャツにジーパン。
私は黄色いワンピースに麦わら帽。
いかにも夏らしい服装だった。
そんな格好で、近所をまわる。
すぐ隣の家は若い夫婦が暮らしていて、どちらも地元の人だった。
旦那さんの方は不在だったが、奥さんの方が出てきてくれた。
「僕が兄の伊吹で、こっちが妹の愛理です。4歳年下なんです」
「父子家庭でお父さんと3人で暮らします」
簡単な挨拶の後に、兄へ続いて私も言う。
「私は聡美よ。徳永聡美。旦那は尊って言うの。よろしくね」
聡美さんは、笑顔が素敵な感じのいい女性だった。
聞いたところによると、聡美さんが26歳で夫の尊さんは27歳だという。
兄とそう変わらない。
苦笑いする兄を横目でニヤニヤしながら見てた。
「あっ、聡美さん」
兄が思い出したかのように言った。
「そこの向かいの家って、民宿なんですか?」
「向かい?」
言われて、聡美さんの家の向かいを見る。
私たちの家の斜向かいにあたるところに、少し大きめの和風の家が建っていた。
家の玄関らしきところの上には、木の看板があり、『民宿 海のひまわり』と書いてある。
「あぁあそこね。民宿よ。地元ではとても有名なの」
「そうなんですか」
「えぇ、仲がいいって評判の家族でね。私も羨ましく思っちゃう。それに娘さんの料理がすごく美味しいって」
聡美さんはそう言った。
聡美さん夫婦の家に行った後『海のひまわり』へと足を運んだ。
『ひとり一泊七千円』と書かれた看板が目にはいる。
青いのろしの掛かった玄関の前に立つ。
玄関先のインターホンを兄が押す。
インターホンを押してしばらくすると、引き戸の玄関がガラガラッと音を立てて開いた。
「あっ、宿泊ですか?」
「いえ、違います。そこの斜向かいに引っ越してきた平松と申します」
「引っ越しの挨拶に来たんですけど」
中から出てきたのは、兄と同い年くらいの女性だった。
聡美さんが言っていた娘さんだろうか。