ノゾミール
彼女から吸血鬼に関する事を話してもらった
それらはどれも信じがたい話ばかり、俺の持つ常識など、この場所では通用しない事を痛感させる
彼女の話には疑問を感じる点もある
確かに吸血鬼の存在については認めざる得ない、それはこの部屋の惨状が物語っている
でも、俺の血で人間に戻すってのが……
――「Blood type V」
つまり血液型:V
詳しい事は白石さんも知らないが、吸血鬼の血を浄化する特別な血が俺に流れているらしい
それだけでもあり得ないのに、更に世界に数人だけがこの特別な血を持つという
……おかしくないか?
世界中に数人という事をどうやって知る事ができる……?
それに一番の謎はやはり白石さんの事
白石さんはいつから吸血鬼になってしまったんだろう?
彼女は既に『紅魔』と呼ばれる上位の吸血鬼である事、そして吸血鬼に関する知識の深さ
短くない時を吸血鬼として過ごしてきたんじゃないだろうか?
彼女は今も
人の血を吸って生きているのか……?
「話が長くなってしまったわね、体の調子はどう?」
「………」
「赤嶺君?」
「え、あぁもう大丈夫……」
この状況で彼女を信じられなくなるのはまずい、さっきの様な吸血鬼がまた現れでもしたら確実に殺されてしまう
友人達がいない今、頼れるのは白石さんだけだ
今は彼女を信じるしか無い
「じゃあ、そろそろ行きましょ」
「行くって、何処に?」
彼女は片手で豪快にベットをずらして床を指差した
「地下よ」
ベッドが置かれていた床にはマンホールの様な丸い扉、これが地下に続いてるという事か?
「地下に何しに行くんだ?」
「私達の目的は二つ、君のクラスメイト達を助ける事、そしてこのホテルの吸血鬼を全て人間に戻す事、だよね?」
「そうだけど、なんで地下に?」
「赤嶺君の友人達は恐らく其所にいる」
「何で地下なんかに!?」
「早くしないと手遅れになる、急いで」
理由はわからないが友人達は地下にいるらしい、『地下』というワードが今はとても恐ろしく感じる
「行きましょう」
「……わかった」
覚悟を決めて俺は地下へと続く道に足を踏み入れた
扉を開いて階段を降りた先は小さな部屋
机の上には化粧品やお菓子の袋、雑誌等が置かれ、壁には見たことのある制服
あの制服って確か……
「白石さん、この部屋は?」
「従業員の控え室よ」
やはりこの部屋は控え室のようだ
見た感じ共同で使う部屋では無くて誰かの個室の様に見える、個室が与えられるぐらいだから割と地位の高い人の部屋かな?
「勝手に入ったらまずいんじゃ……」
「大丈夫よ、私の部屋だから」
「え、白石さんの部屋なの!?」
確かに女性の部屋の様だけど、まさか10代の社員に個室が与えられるなんて
凄い厚待遇だな
「これからどうするの?」
「まず赤嶺君のクラスメイトを探さないとね」
「じゃあ早く探しに行こう」
「待って、赤嶺君と一緒にいるのを他の従業員に見つかるとまずいわ」
「あ、そっか」
忘れてた、こういう場所は関係者以外立ち入り禁止が当たり前だった
「じゃあ俺はどうすればいい?」
「大丈夫、私に考えが……」
――コンコンッ
白石さんが何か言いかけた時、誰かが扉をノックする音
「おーいノゾミール~」
ノゾミール?
「え?ノゾミール?」
「……ちょっと隠れて」
「ちょ、痛っ!痛いって」
有無を言わさずロッカーに叩き込まれる
「そこで静かにしてて」
――バタンッ
ロッカーの扉が閉められる
真っ暗な視界の中、俺は部屋から聞こえてくる声に耳をすました
「柚木、何か用なの?」
「ちょっと報告に来ただけ、ノゾミールは今帰ってきたの?」
「そうよ、さっき帰ってきたところ」
「今回の……は終わったそうだよ、これでしばらく大丈夫ね」
相手は同じホテルの関係者か?ちょっと聞こえにくいな
「……さんも安心してたよ」
「そう、よかった」
「あ、でも一人地上に……しちゃったらしいよ」
「それであの部屋に……」
「え、何か言った?」
「ううん、何も」
「やばいよね~……になったばっかりの子は何するかわからないよ」
「大丈夫よ、他の従業員がその内連れ戻してくるわ」
一体何の話をしているんだ?聞き取りにくいな、連れ戻すとか言ってたけど……
「……きた……は今何処にいるの?」
「も~慌てなくて後ですぐ……るよ、もうちょい待ちなって」
「どれくらい集まったか見たいの」
「ふーん、それなら……室にいるけど」
「そう、ありがと」
「んじゃノゾミール、また後でね」
「ちょっと待って!」
「ん、どうしたの?」
「もう柚木は…に……とは思ったりしないの?」
「……もちろん昔はそうだったよ」
二人とも急に声のトーンが暗くなった
何の会話かはわからない、でも真剣な話だという事は容易に想像できる
でもやっぱり上手く聞き取れない
う~ん、何の話か気になる
「でも今は受け入れてるかな、皆とずっと過ごせるのも悪くないかもって」
「……そう、ごめんね変なこと聞いて」
「ううん、じゃあまたね」
もう何も聴こえてこない、部屋から出ていったみたいだ
「赤嶺君、もう出てきていいよ」
白石さんの合図でやっと狭いロッカーの中から解放される
「赤嶺君のクラスメイト、何処にいるかわかったよ」
「本当に?」
「ええ、少し準備してからそこに行きましょう」
「……あの、さっきの人は誰?」
「私の友達よ、それより……さっきの会話聞こえてた?」
「いや、殆ど聞こえなかったよ」
「そう、ならいいの」
白石さんの表情が暗い、何か良くない事でもあったのだろうか?
「大丈夫?何か元気なさそうだけど」
「別にそんな事ないけど」
「本当に?」
「ええ、心配しないで」
白石さんみたいな人でも案外、顔に表れてしまうものだな、「落ち込んでます」と顔に書いてある
「ノゾミール、何かあったら相談してくれてもいいんだぜ」
「………」
うっ……励まそうと思ったが、少し馴れ馴れしかったかな?
「赤嶺君、今日会ったばっかりの人をあだ名で呼ぶのはどうかと思うな」
「すいませんでした」
「でも、赤嶺君がそう呼びたいなら……私は別に構わないよ」
「……!」
「可愛いあだ名でしょ?」
そう言って彼女はニコッと微笑んだ
その笑顔は今日見た中で一番自然で
初めて見せる無邪気な笑顔だった
「じゃあ行こうか……ノゾミール」
「そうね、早く行きましょう」
(……ありがとう、赤嶺君)