紅人と紅魔
激しく破壊された食器棚、飛び散ったガラス片、そして床に転がるクラスメイト……いや……吸血鬼か?
「彼女……死んでないよ…な?」
「大丈夫、まだ生きてるよ」
「ひょっとして……白石さんが?」
「そうよ、感謝してよね」
「…あ、ありがとう」
彼女が倒したのか……あの娘を
身体中に残る激しい痛みと脳裏に刻まれた死の恐怖、人間を軽々と殴り飛ばして宙に浮かせるような存在
とても普通の女の子が敵う相手とは思えないが……
後ろから不意討ちすれば、もしかしたら……でも素手じゃ難しいか……?
「何か考え込んでいるような顔ね」
「あ、いや…」
「安心して、今から全部説明するから」
「……うん」
「まず最初に聞くけど、もう吸血鬼の存在は信じてもらえた?」
吸血鬼……床に横たわっている彼女の事か
「だけど彼女は高校の……」
「わかってる、今から説明するから」
「まず厳密には彼女は吸血鬼じゃないの、彼女はその一歩手前の存在」
――『紅人』と呼ばれる存在よ
普通の人が吸血鬼に直接血を吸われた場合、徐々に体に異変が表れるの
身体能力の大幅な向上、それに伴い凶暴性、残虐性が増し、そして最後には一つの事だけが頭に浮かぶ、それは
――血
理性を失い人間の血を吸う事しか考えられなくなる、最終的には言葉も理解できなくなってしまう
「…まぁ簡単に言うと死んでないゾンビって感じかな」
「………」
……『紅人』
少し現実離れしすぎていてピンとこなかったけど……
それなら彼女の異常な怪力も説明がつく
「つまり彼女は吸血鬼に血を吸われてあんな化物になったって事?」
「そういう事になるわね」
そんな…嘘だろ……何で彼女が……
「何とか…元に戻せないのか!?」
「落ち着いて、まだこの話には続きがあるの」
紅人になった人を救う方法は二つ
――完全な吸血鬼『紅魔』になる事
――特別な血液を投与する事
まず最初の『紅魔』になる方法
『紅魔』は『紅人』が進化した姿、人間の血を一定量得る事でなる事ができるの
『紅魔』になれば失った理性を取り戻せるうえに身体能力に加え自然治癒力も更に高まり、凶暴性が増す心配もなく、普通にしていたら誰にも吸血鬼だと気付かれないでしょう
ただ…日光を浴びると激しく衰弱するの、そのまま浴び続けると一分もしない内に死んでしまうでしょうね
あ、ちなみにニンニクとか十字架とか銀でできた物とかは効果かないから
『紅魔』になれば人に危害を加える様な事は防げるし、何より自我を取り戻す事ができる、
これが『紅人』になってしまった人を救う方法の一つ
「それじゃ駄目だ!」
俺は思わず大きな声で否定した
確かに高い身体能力を得て、理性も取り戻す事はできるかもしれない
だがよく考えてみろ、それはつまり人間である事を捨てるって事だ、しかも一定量の人間の血が必要ならば尚更そんな事できない
誰かの血を吸えば次はその人が『紅人』になって、
そんな事を繰り返せば人間は全て吸血鬼になってしまう
何より彼女を吸血鬼のままにはできない
「そうね、これじゃ根本的な解決にはならない……」
「人間に戻す方法は無いのか?」
「大丈夫よ、二つ目の方法なら人間に戻る事ができる」
「ほ、本当か?」
「ええ、本当よ」
―特別な血液を投与する方法
まず特別な血液とは血中に特別な因子を持つ血の事ね
その因子には吸血鬼の血を浄化する作用があるの、それを投与する事によって人間に戻す事ができるの
ただ……その血を持つ人間は極めて稀で世界中探しても数人しかいないらしいわ
「そんな……じゃあ彼女は……」
「大丈夫よ、実は一人このホテルにいるから」
「マジかよ!?」
世界中に数人しかいない一人がこのホテルにいるだって?
これって凄い奇跡なのでは……
でもこれで彼女を助ける事ができるぞ!
「そ、その人は今どこに?」
「……私のすぐ傍にいるわ」
「すぐ傍に?」
彼女は一歩前に出て
白く細い指先を俺の方へと向けた
「それは赤嶺君、あなたよ――」