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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第三幕

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23/29

23.教会改革

 さやかが異世界を訪れた翌週、グレイ大司教が動いた。


 動き方は今までと違った。


 今までの大司教のやり方は間接的だった。民衆への説教、商業ライセンスの剥奪申請、ベルトとの連携。全部、誠に直接手を出さずに周囲から圧力をかける手法だった。


 しかし今回は直接だった。


 王宮の摂政レインに対して、正式な申請が出された。「田中商会の取り扱う品物は教会の教義に反する可能性があり、宗教的調査が必要である。調査完了まで商業活動の一時停止を命じるよう要請する」という内容だ。


 ミラがその情報を持ってきた。


「王宮に申請が出たのは昨日の朝です。レイン殿下はまだ返答していません」


「レインの立場は難しいですね。顧問契約を結んだばかりで、その相手の商売を止めるわけにはいかない。でも教会の申請を完全に無視すると、民衆への影響が出る」


「どうするんですか」


「先に動きます」


 誠はSTORAGEを開いて、セン・ファル神父の情報を確認した。改革派五人。教会内部で大司教の方針に不満を持っている若い世代。


 問題は、彼らが動くタイミングだ。


 一人では潰される。五人でも、大司教の権力の前では弱い。しかし外部に証拠と支援があれば、話が変わる。


  ◆


 エレナ経由でセン・ファルに連絡を取った。


 翌朝、前回と同じ教会管轄外の茶館で会った。セン・ファルは今日も緊張した顔をしていたが、前回より目に決意があった。


「大司教が王宮に申請を出したのは知っています」


「教会内部ではどういう反応ですか」


「反応は二つです。大司教の判断を支持する保守派と、やりすぎだと思っている改革派。ただし改革派は声を上げていません」


「声を上げるタイミングが来ていると思いますか」


 セン・ファルが少し間を置いた。


「……来ていると思います。ただし、証拠がなければ動けません。大司教の何が問題なのかを、具体的に示せなければ、ただの反乱になってしまいます」


「証拠はあります」


 誠はリュックから書類を取り出した。エレナが見つけた二十年前の経理記録のコピーだ。


「これは二十年前の教会の特別会計の記録です。宗教の寄進が、政治工作に使われていた痕跡があります」


 セン・ファルが書類を受け取った。ゆっくりと読んでいる。顔が少しずつ変わっていく。


「……これは」


「信頼できる情報源から入手しました。原本は安全な場所に保管しています」


「二十年前のものですが、今も同じことをしていると思いますか」


「しているとは断定できません。ただし、二十年前にやっていたことをなぜ今さらやめるのか、という疑問はあります」


 セン・ファルが書類をテーブルに置いた。


「田中さん、あなたはこれをどう使うつもりですか」


「使い方はセン・ファルさんと改革派が決めることです。私はただ、証拠が存在することをお伝えしたかった。動くかどうかは、あなたたちの判断です」


「外部から動いてほしいということではないんですか」


「外部から動いても、教会は変わりません。変えられるのは内部の人間だけです。私にできるのは、動く時に外側から支えることだけです」


 セン・ファルがしばらく考えた。


「……具体的に、どう支えてもらえますか」


「三つあります。一つ目、この証拠を安全に保全します。教会側が隠滅しようとしても、複数の場所にコピーがあるので消せません」


「二つ目は」


「改革派が声を上げた時に、ギルドと王宮の両方に同じ内容を届けます。一か所だけだと圧力で揉み消せますが、複数同時だと難しくなります」


「三つ目は」


「民衆への説明です。教会の問題を民衆が知れば、大司教は民衆の信頼を失います。私はすでに貧民街で衛生活動をしていて、そこに接点があります」


 セン・ファルが誠を見た。


「田中さん、あなたはなぜここまで動いてくれるんですか。商人が教会改革に関わる理由が、私には理解できません」


「大司教が私の商売を妨害しようとしているからです。それが動機の一つです」


「一つ、ということは」


「もう一つは、石鹸と薬を使って良かったと言っている人たちがいます。それが悪魔の業だと言われ続けるのは、少し我慢できない」


 セン・ファルが少し笑った。


「……正直な方ですね」


「嘘をついても仕方ないので」


「わかりました。仲間たちと話します。ただし、時間をください」


「どのくらいですか」


「一週間。それまでに返答します」


「わかりました」


  ◆


 茶館を出てから、誠はギルドに向かった。


 アリアが窓口で書類を整理していた。


「大司教の申請の件、知っていますか」


「知っています。今日の朝、王宮からギルドにも確認が来ました」


「どういう確認ですか」


「田中商会の商業活動について、ギルドとして問題があるかどうかという照会です」


「回答は」


「問題なし、と回答しました。オーレンさんの判断です」


「ありがとうございます」


「ただし」アリアが少し声を低くした。「大司教は今回、王宮だけでなく複数の経路で同時に動いています。各地区の有力商人にも、田中商会との取引を控えるよう非公式に話を入れているようです」


「非公式に、ですか」


「はい。公式には何も言っていないので、ギルドとして対応できない内容です」


 誠は少し考えた。非公式の圧力。これは対処が難しい。書面も証拠も残らない。


「取引先への影響はどの程度ですか」


「今のところは、様子を見ている商人が数名います。実際に取引を止めたところはまだありません」


「王都商人互助組合の商人たちは」


「組合の商人は今のところ動いていません。ルーカスさんが昨日、組合員に向けて『情報が確認されるまで動かない』という連絡を出してくれたようです」


 ルーカスが動いてくれた。組合を作っておいて良かった。


「わかりました。今週中に何か動きがあると思います。それまで様子を見てください」


「了解です」


 アリアが少し間を置いた。


「田中さん、さやかさんという方が来ていましたね」


 誠が少し驚いた。


「どこで聞きましたか」


「ミラさんが見ていたようで少し話していました。田中さんの現代の知人で、先週こちらに来た方だと」


「はい、そうです」


「どんな方ですか」


「明るくてサバサバしていて、観察眼が鋭い方です」


「……田中さんの大切な方ですか」


「そうです」


 アリアが視線を書類に落とした。


「そうですか」


「アリアさん」


「はい」


「今度、さやかさんを王都に連れてきます。会ってもらえますか」


 アリアが少し間を置いた。


「……会うことは、問題ありません」


「よろしくお願いします」


「田中さん」


「なんですか」


「さやかさんは、田中さんのことが好きなんですか」


 今度は誠が少し間を置いた。


「……どこでそういう話になりますか」


「ミラさんが色々話してくれたので」


「ミラさんは話しすぎです」


「田中さん」


「はい」


「答えてもらえますか」


「……そういう話をしてくれました」


 アリアがしばらく書類を見ていた。


「……そうですか」


「アリアさん」


「はい」


「私は先日、アリアさんに信頼できる人間の中で一番だと言いました。それは変わりません」


「……それと今の話は、どう繋がるんですか」


「まだうまく整理できていないです。ただ、アリアさんに対して言った言葉は本当だということを、伝えておきたかった」


 アリアが長い間、書類を見ていた。


「……わかりました」


「怒っていますか」


「怒っていません」


「困っていますか」


「……少し」


「すみません」


「謝らなくていいです。田中さんが正直に話してくれることは、わかっているので」


 アリアが顔を上げた。いつもの無愛想な顔で、しかし今日は少し違う色がある。


「田中さんは、いつかちゃんと答えを出してください」


「……はい」


「それまで、私は待ちます」


 それだけ言って、アリアは次の客の対応に向かった。


 誠はカウンターを離れた。


 ガルドが外で待っていた。


「どうでしたか、旦那」


「複雑な一日です」


「複雑というのは」


「色々と」


 ガルドが少し考えてから、短く言った。


「……旦那は、もう少し自分の気持ちと向き合った方がいいと思います」


「ガルドさんまでそういうことを言いますか」


「俺の話ではなく、旦那の話です」


「わかっています」


 二人で歩き始めた。


  ◆


 一週間後、セン・ファルから連絡が来た。


 エレナ経由で届いたメモには、一行だけ書いてあった。


「動きます。三日後の朝」


 誠はすぐに準備に入った。


 証拠書類のコピーを三部用意した。一部はオーレン宛て、一部はレインの側近宛て、一部はエレナに預ける。全部、三日後の朝に同時に届くよう手配した。


 ミラには貧民街と商業区域の動きを確認してもらうよう頼んだ。


 ガルドには「三日後は終日待機で」と伝えた。


「何があるんですか」


「教会の内部で改革派が動きます。外から支えます」


「戦いになりますか」


「ならないように動きます。ただし、万が一の時に備えてください」


「わかりました」


  ◆


 三日後の朝。


 誠は宿の部屋でMAPを確認しながら、各方面への書類の配達状況を把握していた。


 オーレンのところには朝一番に届けた。レインの側近にはエレナが届けてくれた。


 午前十時、教会の中で動きがあった。


 ミラからの報告が来た。


「教会の主礼拝堂前に、若い神父たちが集まっています。五、六人。外に向けて、何か書いた紙を掲げています」


「内容はわかりますか」


「カメラで見てみます」


 しばらくして、ミラがスマホを誠に向けた。翻訳が表示される。


「教会の特別会計の透明化を求める。信者から集めた寄進は、政治工作ではなく民衆のために使われるべきである。改革を求める」


 セン・ファルたちが動いた。


 誠はすぐにSTORAGEに記録した。時刻、場所、内容。


「人が集まり始めていますか」


「集まっています。通りかかった人たちが足を止めています。貧民街の方の人も何人かいます」


 石鹸の配布でつながりができた人たちだ。


「大司教の反応は」


「まだ出てきていません」


 誠は少し考えた。大司教はこの状況をどう処理するか。力で押さえつければ、それ自体が証拠になる。無視すれば、改革派の声が広まる。


 どちらに転んでも、今日が山場だ。


 正午頃、ミラから追加の報告が来た。


「王宮から官僚が二人、教会に向かいました。レイン殿下が動いたみたいです」


「どういう内容ですか」


「教会の会計に関する正式な調査を開始する、という通告だそうです。摂政権限での調査命令です」


 レインが動いた。証拠書類が届いたことで、王宮として動かざるを得なくなった。


 午後二時、教会の内部から発表があった。


 「グレイ大司教は本日付けで職務を一時停止し、王宮の調査に協力する。この間の教会業務は次席司教が代行する」


 ミラが興奮した声で言った。


「田中さん、大司教が動けなくなりました」


「職務停止ですね」


「追放ではないんですか」


「今の段階では停止です。調査結果によって、処分が決まります」


「でも、それでいいんですか」


「十分です。完全に追放するより、調査が続いている間は動けない状態の方が、改革派が制度を整える時間を作れます」


 ミラが少し考えた。


「……また利益の一致を探したんですか」


「そうです。レインは教会の腐敗を表面化させることで、新体制の正当性を高められます。セン・ファルたちは改革を進める足場ができます。私は商売の妨害がなくなります。全部が一致しました」


「すごいですね」


「みんなが動いてくれたからです」


  ◆


 その夜、セン・ファルから短い伝言が届いた。


 「ありがとうございました。これからが本当の始まりです」


 誠はそのメモをSTORAGEに保存した。


 それからアリアに報告しに行った。閉館後のギルドで、いつも通りの場所で。


「教会の件、動きました」


「知っています。ギルドにも報告が届きました」


「商業区域への影響は」


「大司教の非公式な圧力は、これで止まると思います。様子を見ていた商人たちも戻ってくるはずです」


「良かったです」


 アリアが少し間を置いた。


「田中さん」


「はい」


「特区の件ですが、答えを出しました」


 誠が顔を上げた。


「特区に行きます」


「……決めてくれましたか」


「はい。ギルドの規定を守ることも大切でしたが、新しい制度を作る方が、もっと大きく変えられると思いました」


「オーレンさんには話しましたか」


「これから話します。田中さんに先に伝えたかったので」


 誠は少し間を置いた。


「ありがとうございます」


「……今度は、お礼を言うんですね」


「そうですね」


 アリアが少し笑った。珍しく、はっきりと笑った。


「田中さん」


「はい」


「先日、答えを出してほしいと言いました」


「覚えています」


「急かすつもりはないですが、一つだけ」


「なんですか」


「私が特区に移ったら、毎日会えますよね」


「……そうなりますね」


「それは、田中さんにとって迷惑ですか」


「迷惑ではないです」


「わかりました。それだけ確認できれば、今は十分です」


 アリアが書類を片付け始めた。


「では、また明日」


「また明日」


 誠はギルドを出た。


 夜の王都の石畳を歩きながら、今日のことを整理した。


 教会の件が動いた。大司教の職務停止。改革派が動き始めた。セン・ファルの「これからが本当の始まり」という言葉。


 アリアが特区に来ることを決めた。


 さやかの告白が頭の中にある。アリアの「答えを出してほしい」という言葉もある。エレナの「近いうちを待っています」という言葉もある。


 誠はポケットの中のGATEを握った。


 めんどくさい問いが、今日もそこにある。


 でも今夜はもう少し、その問いと一緒にいようと思った。

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       次話予告:第24話「帝国の影」

     ヴァルク帝国の工作員が王都に現れる。

     アルデナとガランの両方を裏で操っていた大国の影が、

  :    ついに誠の前に姿を見せ始める。

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