2.裏の池の河童
水藤は時々、変なものを拾ってくる。
四月、通学路にある藪の中で、水藤は変わった形をした木の棒を拾い、何故か僕にくれた。それは小鬼のこん棒で、盗人だと疑われた僕は、数時間に渡って小鬼とかくれんぼする羽目になった。
六月、学校のグラウンドの一角で、水藤は立派な形の木の葉を拾い、また僕にくれた。それは化け狸の木の葉で、やはり僕が盗人だと疑われ、絶対に化かしたい狸VS絶対に化かされたくない僕の熱い戦いが繰り広げられた。
そして今回は――池で釣った石。
ただの変わった形をした石というだけならいいが、これまでのことを振り返ると、どうもきな臭い。水藤のせいで、僕はいつも危ない橋を渡らされているのだ。
午後三時、どうにかこうにか僕らは再補習をクリアした。麻木先生は提出物を回収すると、煙草を求めてさっさと教室を出て行った。
僕は帰り支度をしながら、そういえばと石を手に取り、何の気なしに振り向いた。
「なあ、水藤。やっぱりこの石だけど、お前に返す――」
――いない。
いつの間に帰ったのか、後ろの席に僕の知っている水藤はいなかった。
代わりにいたのは、緑色の肌の、ぬめぬめした生き物だった。
『――坊主、視えておるな』
全身緑色で、頭に皿を乗せ、甲羅を背負っている――
「河童だ!」
思わず叫んでしまい、僕はしまったと手で口を塞ぐ。だが、すべては後の祭りだった。
河童は気味の悪い笑みを浮かべた。
『視えておるなら、話が早い。拙者に手を貸して欲しいのだ』
一度目を合わせてしまった手前、無視することもできず、僕は渋々河童を見下ろした。
『拙者はここの裏の池に棲んでおる、河童一族の長だ。我々はこれまで、人間を脅かすこともなく、池の周辺で慎ましく暮らしてきた。だが昨日のこと、ひとりの人間がやって来て池で釣りを始めたのだ』
学校の裏には雑草が伸び放題の荒れ地があり、その奥には小さな池がある。池の周囲は有刺鉄線で囲まれているため、ほとんど人の出入りはないと聞く。僕も池の存在は知っていても、近づいたことは一度もない。
そんな池に昨日、突如釣りにやって来た人間がいるという。心当たりがありすぎて、顔が引き攣った。
河童は悩まし気に頬に手を当てた。
『釣りをしに来る酔狂な人間はこれまでにも何人かいたが、大抵の人間は何も釣れず、すぐに諦めて帰るのだ。だがその人間は、飽きることなく長い時間糸を垂らしていた。そしてついに――あの池の栓を釣り上げてしまったのだ』
「――池の、栓」
『そうだ。石でできていて、こう、三角の形をしていて、先端に穴が空いておる……おお、そうそう。まさにこれと似たような――』
河童は僕の手のひらに乗っているものを指さすと、小首を傾げて僕を見上げた。
バッチリ合ってしまった河童の目に、みるみる疑いの色が浮かぶ。
『坊主、まさか――』
「ええと、違うんだ、これは……」
しどろもどろで言い訳しようとする僕に、河童は目を吊り上げて飛び掛かってきた。
『この盗人め! 我々の大事な池の栓を盗みおって!』
何度目かわからない、もはやお約束の展開だった。
河童に飛びつかれた僕は、なすすべなく床に尻餅をついた。机に肩がぶつかって、落下してきた鞄の中身が床にぶちまけられる。
河童は僕の上に乗ったまま、大きく口を開いて鋭い歯を光らせた。
『貴様のような悪い人間は、拙者が食ってやろう』
眼前に気味の悪い顔が迫る。僕は散らばった問題集やノートに手を伸ばし、手探りでその下にあったものを掴むと、河童との間に割り込ませた。
「落ち着け! ほら、お前の好物のきゅうりだぞ!」
『こ、これは……!』
きゅうりに目移りした河童は、勢いよく僕の手からきゅうりを奪うと、うっとりとした表情でありとあらゆる角度から眺め始めた。その隙に、僕は河童の下から這い出て距離を取る。
「危なかった……」
呼吸を整えながら、犠牲になってくれたきゅうりに感謝する。
河童対策に常日頃からきゅうりを携帯していた――なんてことはない。毎朝、登校前に見ている情報番組の星座占いコーナーで、うお座の本日のラッキーアイテムがきゅうりだったのだ。
小鬼の時も化け狸の時も、ラッキーアイテムのおかげで窮地を脱することができたことから、僕はこの星座占いに厚い信頼を寄せている。ちなみに出演しているのは女子アナでもマスコットキャラでもなく、胡散臭い顔をした男の占い師だ。
河童はまだ、きゅうりに夢中だった。今のうちに石を置いて逃げよう――そう思って立ち上がったと同時に、ガシャンと耳をつんざく音がした。




