3-01 六代進の最後の一日
六代進は常に死にたいと思っていたがいざ死ねと言われたら何も出来なくなる男だった。そんは男がとある掲示板にて集団自殺の勧誘を目撃、震える指先で彼は返答する。六代進の進んだ先は光の見えない崖なのか、希望を照らす光に満ちているのか。いや、そもそも進んでなんて……。
「そろそろ死ぬか」
これが僕、六代進23歳の口癖であった。
仕事も友人関係も上手くいかず、家族からは自分から離れ上京した僕は1人部屋でうずくまる時に決まってそう言っている。
仕事がブラックで、とか両親が毒親でとかそういう問題で心が追い詰められたわけではなく、ただ自分という人間が明らかに人より劣っていることに絶望しているのがこの口癖の原因だった。
さらにどうしようもないことに、僕はその現状から一歩進む為の勇気を23年持つことができなかった。ただ怒られ、自己嫌悪に陥る日々を毎日続け、勝手に病んでしまったのがこの僕、六代進だ。名前負けにも程があるだろう。
極め付けに自殺をするにしても、自ら変わろうとする勇気がなく前に進めなかった僕だから、自殺という行為にすら躊躇いを覚えて結局現状維持を続けてる。
学生の授業中にテロリストが襲撃してくる妄想をしたことがある。かつては自らの手で解決して見せようと思っていたが……今となってはそんな機会があるならばさっさと僕を殺してくれと願うだろう。そんな他人任せのろくでなしが僕、光源に進む努力もせず、崖に落ちる度胸も無い。これが六代進という男の本質なのだ。
8月が終わり、ほんの少し暗くなるのが早くなった現在の時刻は18時。明日は土曜日で会社が休みだからここからゲームをしたり本を読んだり等の趣味の時間。ご飯は億劫で食べれる気がしない。僕はパソコンを開いてとあるサイトにアクセスをした。
開いたサイトの名前は『転生掲示板』といった。あまりにもやることなすこと全てに億劫になっていた僕がダラダラとネガティブな感情のままネットサーフィンを繰り返した先に辿り着いた謎のサイトで、ここには少し普通の人とは違う謎の人間たちが日夜掲示板に書き込みをしていた。
やれ魔法を使える。やれ人を殺したことがある。当然信じているわけではないが、ここにくると自分もまるで他の人とは違う何かを有している気になって少しだけ居心地がいいのだ。
そんな優越感に足の指先ほど浸かりながら、数ある掲示板の中で僕がよく入り、書き込みをするのが「自殺願望共」という掲示板。
ここには僕と同じように毎日毎日死にたいと繰り返し思っている人間が集まっている。
このサイトに来て書き込みを見て、する。これが僕という何をしてもダメな人間が世界には何人もいるという安心感と、喜びをくれるたった一つの方法だったのだ。
ただネガティブな話題しか生まないこの掲示板には僕を含め5人ぐらいしか頻繁に活用していない。でも僕にとってはこの5人の集まりが……。
「ん?」
毎度のように掲示板を開いたが、そこに見たことのない人の投稿が目に映った。こんな変なサイトのその奥、変な掲示板に新しく住民が来るなんて言うのは起こりうることではあるけれど珍しいことだったから少し驚いた。
そしてその人が掲示板に貼り付けていた投稿にも、僕は驚愕を隠せなかった。この掲示板に集まっているのは「自殺したい」と思っている人間なのだから本来その投稿は至極真っ当、正しいものなのだが……。それは心にしまって、みんなが言えなかったこと。
とりあえず集まり、傷の舐め合いをしてきた僕らにとっては劇薬とも言える発言がそこにあった
『来月、ここでみんなで死にませんか』と。
6人目の彼のこの発言と一緒に載せられていたURLはとある場所を示していた。
冷や汗が一滴。唾を一度飲んだ。
死にたいとは思っていたけど、一人だと怖いのは当然。名前も声も知らないけど、掲示板で会話を続けた彼らとなら……安い考えが脳裏によぎった。
少し震える指先で、返答を打ち込む。
この返答が、六代進を終わらせた。
×××
【_______9月15日、Y県のH山にてとある乗用車の転落事故が発生しました。原因は不明______。
兄さんが入院した。
私、真央がその報告を受けたのは高校の授業が終わり、ピアノのレッスンを受けに行こうとする席を立った際にケータイが揺れ、両親からのメールを見たその時。
兄さんは社会人になってから1、2年目までは実家で一緒に生活していたのだが3年目になって急に一人暮らしがしたいと両親に相談し、反対する2人を押し除けた出ていった。
ただそれでも家族との仲が完全に悪化し連絡をとっていなかったわけではない。正月やお盆、連休になったら帰ってくるし、何より彼女ができたと自慢するぐらいには人生も順風満帆だったはずなのだ。
ただ私が高校生になってからは全くと言っていいほど実家に顔を出さなくなっていった。両親は毎日のように心配し、私もメールのやり取りはしていたけど兄さんからは「大丈夫」だの「気にしないでくれ」だの、余計心配になるようなことしか言ってくれない。
私とだいぶ歳も離れていたけど相談したらいろんなことを教えてくれて、運動はあんまり得意じゃなく少しナヨナヨしていたけど、どんなこともコツコツと積み上げてやり遂げる。そんな人で頼りになる兄さんだった。
そんな兄さんが入院した。転落事故という話を聞いた。車でとある山奥の崖から落ちたらしい。
血の気が引いた。ピアノのレッスンなんてもう頭からは飛び抜けた。休みの断りを入れるなんてそんなことをしている余裕はない。母から兄さんが連れて行かれた病院の住所が送られる。学校からは近い。真っ直ぐ向かえば30分、走っていけば20分。
両親には真っ直ぐ向かうと伝えて、私は走り出した。走りながら兄さんのことを考える。息を切らしながら色々考えてみたけど、転落事故に違和感を覚える。
兄さんは外にはあんまり出る人じゃない。山奥なんてもってのほか、何年も会ってないとは言え、人の趣味や嗜好はそう簡単に変わるものじゃないと思う。
じゃあなんで山奥に行く必要がある? 疑問の手がかりを見つけるべく最後に家に来た兄さんの顔を思い出す。
「あぁ、まさか」
嫌な予感がしていた。ということを思い出した。兄さんの顔がかなり窶れていて、何回か連れてきたはずの彼女さんは隣にいなかった。
その時私と両親は聞いたのだ「何かあったのか」と。
でも兄さんは笑顔で「ちょっと仕事が忙しいだけ」だと言っていた。家族全員がそれで納得してしまった。もっと深く、聞いてみるべきだったのだろうか。結局それ以降兄さんは帰ってこなくなってしまったのだから。
「嘘だって、分かっていたのに」
理由もなく山奥に外出。兄さんの窶れた顔、消えた彼女さん。高校生の妄想とはいえ……嫌な予感は私の中で確信に近いものへと変わっていく。
これは『自殺』か『事件』。事故なんかじゃない。
夏は過ぎても走れば暑い。でも私が今流しているのは、暑さゆえの発汗なのだろうか。
息を切らして兄さんの待つ病院の部屋の前までたどり着いてドアノブに手を伸ばす。
「なんて、話しかければいいの」
その手が止まった。事件ならまだいい。兄さんを殺そうとした誰かを思い切り憎めばいいから。でももし自殺というのであればかける言葉なんて分からなかった。
じゃあ聞かなければいい。すっとぼけて大丈夫だったかなんて聞けばそれでいい。普通の人ならそうする、それが出来る。
でも、私にはそれが出来ない。私には分かってしまうのだ、どんなに上手く取り繕っていても「音は嘘をつけない」から。
「真中、もう着いてたの」
「あっ……お母さん」
モヤモヤ考えているうちに両親が病院まで辿り着いていた。ドアノブに手をつけられていない私を見て何かを察したように、母は走ってきたのか、切れてる息を落ち着かせ私の肩に手を置き、後ろに下がらせた。
「気持ちはわかる。きっと考えてることは一緒だから」
母はそう言っていたが手は震えていた。母も同じ考えに辿り着いたのだろう。それでも母はドアノブを掴んだ。
「『幸大』! 大丈夫!?」
息子の名前を叫び、私たちは部屋に入る。そこにいたのは身体中に包帯、ギプスを巻かれた兄の姿だった。大きな音に反応したのか兄さんはこっちを向いて……
「……誰?」
違う。何かが違う。
見た目は兄さん。何年と前にあったきりとはいえ兄の姿を忘れる私じゃない。でも、違う。なにかが。
じっと『兄さんのような人』はこっちを見る。少し怖くなった私は半歩下がってしまう。そして私が違和感を感じるということは、母もまた然り。困惑の表情で兄さんを見ていた。
少しばかりの沈黙が部屋を埋め尽くす。その沈黙を破ったのは兄さんのような人だった。
「……どちら様ですか? どうやら、頭を打って記憶が曖昧になってしまったみたいで」
「……!!」
母の険しい顔が少し綻んだ。自分の感じた矛盾に納得のいく言葉が来たからだろう。半歩下がっていた母の足はゆっくりと包帯を巻かれた男に向かい。生きていて、よかったと泣きついた。
でも私は……もう半歩、下がる。
私にはわかるのだ、昔からあった私の体質。「嘘の音が分かる」という力があるから。
その体質が今「目の前にいる男の言葉全てが嘘であると」告げている。
見てくれの違和感に、記憶障害も嘘なら。この人は誰?
クーラーの効いた病院の個室に母の泣く声が響く。そんな中私の頬を伝ったこの汗は、間違いなく冷や汗であった。
____________この転落事故による怪我人は1名で死亡者は5名、身元はまだ判明しておりません。引き続き調査を行っております】





