3-18 悪霊は消臭だァァァ!!! 除霊専用消臭剤開発までの道
「某有名な消臭剤は除霊に使えるらしい」
清掃に使う薬品や消臭剤などを開発している大手薬品メーカー「ミソギ化学」の開発部部長・清水瀞と、その部下・流川浄は、企画部の御手洗露華の依頼により、「除霊効果のある消臭スプレー」という画期的な商品の開発を命じられる。
二人は除霊効果の検証のため、「確実に霊が出る」とウワサの、旧4号棟社員寮へ実地テストに向かう。「4階には入るな」と御手洗から忠告されるが、好奇心を抑えきれない流川は足を踏み入れてしまい……。
とにかくタイトルがやかましい、ヒャッハー系お仕事ホラー。
「ヒャッハー! 悪霊は消臭だァァァーーー!!! 楽しいっすねー、清水センパイ!」
廃墟となった社員寮に、若い男の声と消臭剤をシュッシュッする音が響く。消臭剤を噴射するたび、ホコリやら虫の死骸やらが舞い上がる。
清水は小さく悲鳴を上げ、部下から距離を取った。
「ちょっと! 流川くん、わざとやってない?!」
「や、楽しくてつい」
清水が作業着にマスクという軽装備なのに対し、流川は宇宙服にしか見えない白い防護服に身を包んでいた。廃墟どころか、ありとあらゆるゴミが詰め込まれたゴミ屋敷にだって入れるだろう。
清水は軽装で来たのを後悔した。出発前、「大げさな装備だ」と流川をバカにしていた自分を呪いたい。
「楽しむのは勝手だけど、警戒は怠らないで。ここは本来、入ってはならない階なんだから」
「分かってますってー」
流川が次の部屋のドアを開ける。ちゃぶ台と座布団だけの簡素な和室に、作業着姿の半透明の男が食事を取っていた。
「お! この部屋にも悪霊がいますよぉ!」
流川は消臭剤を構える。男は訝しげに、流川を見上げた。
「待ちなさい。相手は食事中よ」
「関係ないっしょ! 霊が食事なんかするわけないんですから。そーれ!」
シュッ
☆
消臭剤は除霊に使えるらしい。
くだらない都市伝説だとバカにしていたが、今だけは信じたい。そう、清水は心から願った。
「……」
『悪臭デリート! ごっつ消臭アルメットZ』を握る手に力がこもる。
『悪臭デリート! ごっつ消臭アルメットZ』は、どんな悪臭をも爽やかな香りに変えると評判の消臭剤である。前任の開発部部長が開発した。今はどんな武器よりも頼もしい。
玄関ドアの隙間から、廊下の様子をうかがう。血だらけのナタを手にした男が、部屋の前を行ったり来たりしている。
時折、他の部屋のドアへ顔をつっこみ、中に人がいないか確認していた。
アレは人間ではない。この異常な建物に住み着いている、悪霊である。
実際、男が顔を突っ込んだドアには、新たに穴など空いていなかった。アレには肉体がないのだ。
「流川君。流川君、起きて」
足元に転がっている宇宙飛行士……ではなく、宇宙服にしか見えない白い防護服をまとった部下の肩を揺する。
「あば、あばばば……」
流川は防護服の中で白目を剥き、失神していた。顔立ちが整っているだけに、普段とのギャップが酷い。何かに使えるかもと、写真だけは撮っておいた。
「今さら悪霊を怖がるなんて。こんな情けない姿、社内の女の子達が見たら幻滅するわね」
清水はため息をつく。
やはり、先に行かせるべきではなかった。死んでいるとはいえ、相手は元人間。食事中に消臭剤などぶっかけたら、そりゃあブチ切れられるに決まっている。
連れて行きたいが、流川を運びながら悪霊の相手ができるほど、清水も器用ではない。一方を優先し、もう一方は後回しにするしかない。
清水は男がこちらに背を向けているタイミングで、こっそり部屋を出た。身をかがめ、静かに男の後を追う。
そして相手に気づかれる前に、『悪臭デリート! ごっつ消臭アルメットZ』を、男の後頭部へ噴射した。
「悪霊は……消臭だァァァーーー!!!」
☆
一週間前、株式会社ミソギ化学本社。開発部部長の清水瀞と、部下の流川浄は、新商品の企画会議に呼ばれた。
企画会議といっても、参加者は彼ら二人に加え、企画部で清水の同期である御手洗露華のみだった。
「ちわーっす……って、御手洗サンだけっすか? 他のメンバーは?」
「おりません。お二人で最後です」
「新商品の企画会議なのに? なんかガッカリぃ」
清水と流川が席に着くなり、御手洗はこう切り出した。
「お二人は、"某有名な消臭剤が除霊に効く"というウワサをご存知ですか?」
「いいえ。オカルトの類いは興味がないので」
清水は努めて、淡々と答えた。
チラッと、窓に視線をやる。わずかにくすんでいる。会議中でなければ、今すぐ拭きに走りたかった。
清水は極度の潔癖症で、少しの汚れも許せない体質である。その原因は過去のある出来事が関係しているのだが、誰にも話したことはない。
「俺は知ってますよー。何年か前に、ネットで騒がれていましたよね?」
流川が前髪をいじりながら、会話に加わる。
何色とも形容しがたい、複雑な色合いの髪だ。なんでも、落ちている髪の毛が自分のものか他人のものか判別しやすくするため、あのような色に染めたらしい。
流川は極度の掃除狂で、何人もの女性をドン引かせてきた。イケメンでノリが良く、大変モテるが、最後には怒られるか、気持ち悪がられた。
「試したことはありますか?」
「無いっす。試したくても俺、霊感ないんで」
「実は、当社の消臭剤にも同様のウワサがありまして。お二人には、ウワサが本当かどうか検証していただきたいのです」
清水は眉をひそめた。
「もし、本当だったら?」
「除霊効果を大々的に宣伝し、除霊専用消臭剤として商品化します」
「……本気ですか?」
「本気です」
御手洗は少しも笑わず、断言した。
「清水さんもご存知でしょう? 先日、当社で発覚した"例の不祥事"……あの一件のせいで、ミソギ化学の株価と業績は下がり続けています。業績回復と当社のイメージアップを同時に達成するためには、画期的な新商品が欲しいのですよ」
その目は鬼気迫っていた。常に冷静沈着な彼女が、珍しい。
清水としても、自分の代で会社が倒産するのは不本意だった。
「分かりました。やるだけやってみましょう」
「ではさっそく、既製品の実地テストをお願いします。製品リストのデータをお送りしましたので、後ほどご確認を」
「実地テストぉ?」
流川が首を傾げた。
「どこでやるんすか? 墓場にでも行くんですか?」
「いいえ。墓場より、うってつけの場所があります」
御手洗が窓に目をやる。彼女も窓のくすみが気になったのかと思いきや、その視線はある建物に向いていた。
広大な駐車場の一角にポツンと建つ、4階建ての廃アパート。汚れ切った壁に、大きく「4」と書かれている。
「……アレですか」
「えぇ。当社の旧4号棟社員寮です。あそこは確実に出ます」
ミソギ化学本社の敷地内には、二十年前まで4棟の社員寮が存在した。
その後、建物の老朽化に伴い、1号棟〜3号棟を解体。しかしなぜか4号棟だけが、今も解体されず放置されていた。
「出るって、何が?」
「もちろん、霊です」
清水の顔が引きつる。
「冗談ですよね?」
「冗談ではありません。霊が原因で閉鎖したくらいですから」
一方の流川は、目を輝かせた。
「俺も聞いたことあります! 強力な悪霊がうじゃうじゃいるんですよね? やっぱガチなんだー! 後輩達が肝試しに忍び込みたいって話してましたよ!」
「許可できません。特別な事情がない限り、あの建物は立ち入り禁止ですから」
「霊が原因で閉鎖って、いったい何があったんですか?」
「不可解な事故や心霊現象が多発していたようです。具体的には、昼夜問わず霊を目撃したり、部屋から出られなくなったり。物が増えたり、逆に消えたり。身に覚えのない怪我ができていたり。人が死んだりなど……表向きは欠陥工事やただの事故として片付けられたそうですが」
「どうしてそんなことに」
「さぁ? 4という数字が悪かったのか、鬼門に建てたのが悪かったのか……何度も取り壊しが検討されましたが、未だ解体には至っておりません」
「実地テストにうってつけの場所じゃないっすかー! やりましょう、清水センパイ!」
「えー……」
「実地テストは1階から3階まで許可します。くれぐれも、4階には立ち入らないでください」
「? なぜです?」
御手洗は多くは語らず、ただひと言だけ忠告した。
「大変、危険なので」





