3-10 高望みアラフォー婚活女性の悲惨な末路
豊海麗子の希望する男性の条件は年収700万円以上。37歳にして結婚相談所に向かったところ、高収入男性の集まるハイクラス婚活パーティへの参加を提案される。当然のように誰からも相手にされなかったところ、同じく誰からも相手にされないと壁のしみになっている生石秀太と出会う。婚活パーティの出会いから始まった、彼女がたどる悲惨な末路とは一体。
「……豊海麗子様、お待たせいたしました」
そう言われて、私は座るよう促された。パーテーションで区切られただけの簡易的な個室で、机と椅子、それからパンフレットがいくつか置かれている。
「結婚相談所のご利用は初めてですか?」
「ええ、初めてよ」
ここは結婚相談所。出会いが無かったり自分に自信が無かったりする男女が、結婚という人生の重要な決断をするための相手を探す場所だ。目の前にいるのは、担当の女性。小綺麗なスーツにナチュラルメイク、年齢は30代前半といったところだろうか。
「豊海様でしたら、十分お相手は見つかると思います」
「37歳でもですか?」
「はい、最近は40歳前後の女性の方が多くいらっしゃいますが、それでもお相手はいらっしゃいます。豊海様の場合、収入も十分ですし、高望みをしなければ必ずお相手を見つけられます」
おそらくは入会させるための常套句だ。最近は女性の質向上とかで収入が低い人は審査で入会拒否されるパターンもあるようだが、入会してもらった方が月会費を稼げると考える相談所もあるだろう。
「それでは豊海様、結婚するにあたってお相手に求める条件などはございますか?」
「そうね……」
考えるふりをしたが、実際のところ、もう条件は決まっている。
「年収700万円以上の男性。それ以外は、特に望まないわ」
「年収700万円以上……ですか……」
担当の女性が顔をしかめる。当然と言えば当然だろう。
「その……大変申し訳にくいのですが、年収700万円の男性は非常に人気でして……もう少し条件を下げていただけると……」
「条件は年収だけなのだけれど……厳しいのかしら?」
「そうですね……どうしても、年収の高い方は……」
そう言いかけたとき、担当の女性はふと目についたパンフレットを手に取った。
「そういえば、当社で開催している婚活パーティがありまして……」
パンフレットには「ハイクラス男性限定婚活パーティ」と書かれている。男性は年収600万円以上、女性は年齢が40歳以下という以外に条件はない。
「こちらに参加してみてはいかがでしょう。高年収の男性が、どのような女性を求めているか、お分かりになるかと思います」
なるほど、つまりこの婚活パーティに参加して、現実を見てこい、ということだろう。参加費はさすがにそれなりにするが、ここで探すよりも効率がいいかもしれない。
「……わかりました、こちらに参加させてください」
「ありがとうございます。ではこちらの申込書にご記入を……」
こうして私は、ハイクラスの婚活パーティに参加することになった。
パーティ当日。会場に足を運ぶと、すでに何名かの参加者が会場に集まっていた。
回転寿司形式のように全員と話す機会が与えられるパーティもあるようだが、今回は立食形式でそれぞれ自由に話すことができるようだ。積極的に話しかけて交流を図れ、ということだろう。
何人かの男性に声をかけてみたが、収穫はなかった。理由は単純、年齢を見て、皆私から離れるのだ。
私よりも年上の女性もかなりいるが、20代や30代前半と思われる女性数人に人気が集中している。多少容姿が悪くとも、このような場では若さがものをいうのだ。
「はぁ……やっぱり無謀だったかしら……」
身なりはそれなりに気を使っているはずだし、化粧だってしている。若い人には負けるにしても、スペックだって同年代には負けていないはず。だが、年齢という現実にはどうしても勝てない。
「……もう帰ろうかしら」
そう思った時だった。会場の片隅で、飲み物片手に誰にも話しかけられず寂しそうにしている男性が目についた。20代後半、といったところだろうか。周囲の男性に背の高い人が多いからか、やや小柄に見える。
これが壁の花、というものだろうか。いや、男性の場合は壁のシミ? なんだか失礼な言い方だ。ともかく、どうせ話してくれる人もいないので、声をかけてみることにした。
「こんにちは、誰にも話しかけないで、どうしたのかしら?」
男性は私の声に驚いたのか、肩をびくつかせた。あやうく、持っている飲み物がこぼれるところだった。
「あ、ど、どうも」
「ここじゃ積極的に話しかけないと、相手が見つからないわよ」
それは、自分にも言えることだけれど。
さりげなく、プロフィールカードを交換する。話をするときは、このプロフィールカードを見ながら話題を振るのだ。
彼は生石秀太という名前で、大手企業で営業をしているらしい。
「えっ、26歳で年収600万円!? すごいじゃない」
「そうなんですけれど……」
遠くでは身なりの整った男性が若い女性と楽しそうに話をしている。それを見て、秀太さんはため息をついた。
「男性は参加条件が年収600万円以上ですよね。僕、年収600万円なんですけど、ここだと最低の年収になるんです。他の男性とも話をしましたけれど、僕以外だと一番低くて800万円、ほとんどの人が1000万円以上の人なんです」
確かに、話した男性はほとんどが年収1000万円以上だった。中には2000万円の人もいた。そんな人たちの中では、彼の年収はかすんで見えるのも無理はない。しかし……。
「20代で年収600万円なら、若い子狙えるんじゃないの? ほら、あの子とか……」
そういって、20代前半だと思われる、かわいらしい女性を指さした。しかし、彼は首を振った。
「残念ながら、相手にされませんでした。結局、ここでは男性は年収が高くないと意味がないんですよ」
秀太さんは再びため息をついた。
「麗子さんはどうなんですか? それだけ美人なら、一人くらいは……」
「私もあなたと同じよ。私の場合は年齢だけど」
「あぁ……」
そこで納得されるとちょっと悲しくなるんだけれど。
「少し話をしても、37歳と正直に話すと離れてしまうの。結局男は年齢、女はお金を見ているのよね」
「……」
「……」
周りが騒がしくしている中、遠くを見てはため息をつく男女二人。一体私たちは何をしているのだか。
「まもなくカップリングタイムの時間です。参加者の皆さんは、カップリング用紙に気に入った方の番号を書いて投票箱に入れてください」
意外と時間が経つのは早いな、などと思いながら用紙を見つめた。さてどうするか。何も書かないのも寂しいが、かといって気になっている男性がいるわけでもない。
ふと隣を見ると、秀太さんが同じく用紙を見つめている。
「……ねえ、私たち、カップリングしない?」
自分の口から、思わぬ言葉が出た。
「えっ?」
「あ、その、付き合おうとかじゃないの。お互い連絡先を交換して、婚活の情報交換とかできたら……と思ったのだけれど……」
突然の提案に、彼は戸惑っているようだ。まあ当然か。10歳以上年上の女からこんな提案されても……。
「いいですよ。せっかくここに来たんですし……」
意外な返事だった。
「……私から言っておいてなんだけどいいの? せっかくなら他の人の番号でも……」
「どうせ僕の番号を書いてくれる人なんて他にいないですし、カップリングしましょう」
そういって、私と秀太さんはお互いの番号を書いて投票した。
結局、このパーティでは、カップリングしたのは私たちだけだった。盛り上がっているように見えても、他の人たちはうまくいっていなかったようだ。
次の休日、私は秀太さんと待ち合わせをしていた。コーヒーを頼んで喫茶店で待ち合わせをしていると、秀太さんがやってきた。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
申し訳なさそうに、秀太さんが席に着く。
「いえ、私も今来たところだから」
彼のためにアイスコーヒーを注文すると、婚活パーティについての話で少しばかり盛り上がった。
「それにしてもひどいわね。そんなにひどい態度を取られるなんて」
何度聞いても、秀太さんと話をした女性は、誰もがひどいものだった。年収を聞いて申し訳なさそうに離れるならまだしも、説教じみたことを言う女性が数人いたそうだ。しかも、決まって30代後半、下手をすれば年齢詐称した40代の可能性もある女性だという。
「はぁ……やっぱりハイクラスの婚活パーティなんて行くんじゃなかった。麗子さんと会えたのが唯一の救いです」
ははは、と言いながら彼はアイスコーヒーでのどを潤す。
「ところで、秀太さんはどうして婚活を?」
男性で26歳というのは、婚活をするには少し早い気がする。単に結婚、ということであれば早すぎるわけでもないのだが、焦る年齢でもないだろう。それに彼は年収600万円。身長は平均より低いものの、太っているわけでもなく、見た目も悪くはない。
「よくある話です。周りがどんどん結婚していくからつい焦ってしまって。会社だと既婚者ばかりだし、若い子に会えるかと思ってハイクラスの婚活パーティに参加したのですが……」
あの通りですよ、と言って乾いた笑いを見せる。あんなひどい目に遭うなら、焦る必要もないだろうに。
「麗子さんは……やっぱり、高収入な男性じゃないとダメですか?」
まるであの場にいた女性のように、とでも続けたいのだろうかと思うと、少し気分が悪くなった。彼の場合、そんな意図はないのだろうけれど。
「……ええ。年収700万円以上。これが私の相手に求める条件なの」
「確かにハイクラスの婚活パーティなら相手はたくさんいますが……」
言いたいことはわかる。だけど……。
「私でも高望みなのはわかっているわ。でも、私の場合、理由があるの」
そう言って、私は何故年収にこだわるのかを彼に話した。





