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アルファの記憶 Memories of Alpha  作者: 空想シリーズ
第1部:創世記
9/66

第8話:地下の生態系

2025年7月15日

内容を修正しました。

はじめから読んでいた方はすみません。

物語が長くなるため、10話分を5話分まで圧縮しました。

第10話を読まれていた方は第6話からご覧ください。

新言語『アルファ・ベート』の習得は、アンダーランドの文明を新たな次元へと引き上げた。若き技術者コウが率いるチームは、KMSが示す「エネルギー変換」の法則を解読し、ついに地熱を利用した発電施設の建設に着手した。それは、共同体が永遠の光と熱を手に入れるための、壮大なプロジェクトの始まりだった。


しかし、共同体が未来へと突き進むその裏で、彼らの足元、その生命線を支えてきた地下世界に、静かな異変が忍び寄っていた。


「エタさん、見てください。水耕栽培区画の一部の作物が、原因不明で枯れ始めています」


食料管理者のカイが、深刻な顔で報告に来た。それだけではない。これまで安定して収穫できていた特定の食用菌類が、いくつかの区画で急速に勢いを失っているという。医術師マヤも、最近、原因不明の皮膚病を訴える者が増えていることに頭を悩ませていた。


「まるで、この地下世界全体が、少しずつ病に罹っているようだ…」


コウは、地熱発電の建設に夢中で、その報告に耳を貸そうとしなかった。


「多少の犠牲は仕方ない。今は、より大きな未来のために、エネルギーの確保を優先すべきだ」


彼の言葉は、合理性を追求するあまり、足元の現実を見失いかけていた。


エタは、深刻な憂慮を抱きながら、KMSの前に立った。

(アウロラ、教えて。私たちの世界に、何が起きているの?)


アウロラの応答は、彼らの想像を絶するものだった。ディスプレイに映し出されたのは、共同体を取り巻く地下世界全体の、生命とエネルギーの流れを示す、巨大で複雑なネットワークの図だった。


《表示します。地下世界の限定環境における、生命圏相互作用モデル――『生態系』です》


それは、一枚の壮大なタペストリーのようだった。地熱が特定の鉱物を温め、その熱が地下水を通じて微生物を育む。その微生物を栄養源として菌類が育ち、その菌類を小さな虫たちが食べる。その虫をさらに大きな生物が食らい、そして、それら全ての生命の死骸や排泄物が、再び土壌の栄養となり、新たな生命の循環を生み出す。


KMSは、ホログラフィックなシミュレーションで、その途方もない生命の環を可視化してみせた。そして、そのシミュレーションは、残酷な事実を突きつけた。コウたちが進める地熱発電のための新たな採掘が、特定の鉱物層を破壊し、地下水の流れをわずかに変えてしまった。その結果、ある種の微生物が減少し、それを栄養としていた菌類が枯れ始め、さらにその菌類に依存していた生物の生態にまで影響が及んでいるのだと。


「まさか…俺たちが良かれと思ってやっていたことが、この世界を…壊していたというのか…?」


コウは、その事実を前に、愕然と立ち尽くした。彼の信じてきた「合理性」と「効率」が、いかに視野の狭いものであったかを、痛感させられた瞬間だった。


「そうだったのね…。皮膚病の原因は、特定の菌類が減ったことで、それを食べていた虫たちの体液の成分が変化し、その虫に刺された人々にアレルギー反応を引き起こしていたんだわ…」


マヤもまた、全ての事象が線で繋がっていく感覚に、畏敬の念を覚えていた。病は、ただ体を治療するだけでは不十分なのだ。その生命が生きる「世界」そのものを癒さなければ、真の健康は訪れない。


そのシミュレーションを、長老ガモンもまた、息を呑んで見つめていた。彼の世代は、地下の森や水辺の生物を、ただ「恵み」か「脅威」としてしか見てこなかった。しかし、その背後に、これほどまでに精緻で、深遠な「繋がり」があったとは。


「…アウロラは、我々が『大地のことわり』と呼んでいたものの正体を、示してくれたのだな…」


ガモンの声は、震えていた。彼が恐れていたのは、アウロラの知が、祖先への敬意や自然への畏敬の念を破壊することだった。だが、違った。アウロラは、その「見えざる手」の存在を、科学という新たな言葉で、より明確に、より深く示してくれたのだ。彼が守ろうとしてきたものと、エタたちが進もうとしている道は、決して相容れないものではなかった。


「エタよ…わしは…間違っていたのかもしれん」


ガモンは、初めて、自らの非を認める言葉を口にした。その言葉は、何よりも重く、共同体の未来に響いた。


その日の夜、採掘夫のタケルが、新しい通路を掘りながら、目の前の岩壁にそっと手を当てた。


「お前を掘ると、向こうのキノコが元気をなくすんだってな。悪く思うなよ。これからは、もっと優しく掘ってやるからさ」


「おいタケル、岩に話しかけてどうしたんだ? いよいよ頭がおかしくなったか?」


仲間の軽口に、タケルは照れ臭そうに頭を掻いた。


「うるせえ! これはな、新しい『作法』ってやつだよ!」


エタは、その光景を微笑ましく見つめていた。アウロラの知は、共同体に新たな倫理観――「共生」という概念を芽生えさせたのだ。


KMSは、さらに広大な地下世界のマップを提示した。そこには、これまで彼らが足を踏み入れたことのない、未知の洞窟、未発見の地底湖、そして、全く異なる生態系が存在する可能性のある領域が示されていた。


エタは、コウと、そして隣に並んだガモンを見つめた。


「私たちの世界は、私たちが思っていたよりも、ずっと広大で、ずっと深いつながりの中にあったのですね」


「うむ」とガモンが頷く。「そして、その全てを知るための旅が、これから始まるのだな」


彼らの目には、もはや対立の色はなかった。ただ、目の前に広がる未知なる世界への、尽きることのない探求心と、未来への確かな希望が輝いていた。

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