第11話:鉄の王の仁義
ゾルグは息を引き取った。
彼の死は、このあまりにも悲しい戦争の完全な終わりを告げていた。指導者を失ったゾルグ派の兵士たちは、その手に持った武器を力なく大地へと落としていく。憎しみの拠り所を失った彼らの瞳には、ただ戸惑いと深い疲労の色だけが浮かんでいた。
シンは立ち上がった。そして、旧ゾルグ派の兵士たちへとゆっくり歩み寄っていく。ザインとガンナーが咄嗟にシンの前に立とうとするが、シンはそれを手で制した 。彼はゾルグの最も信頼が厚かった側近の男の前に立つと、その場で深く、深く頭を下げた。
「すまなかった」
シンの声が、静まり返った戦場に響いた。
「俺は、彼の本当の痛みを理解しようとしなかった。俺たちがもっと早く気づいていれば、こんな戦いは起きなかったはずだ」
そのあまりにも真摯な謝罪。それは勝者の言葉ではなかった。同じ共同体の仲間を失った一人の人間の、心からの言葉だった 。
ゾルグの側近だった男は、何も言わずにただ涙を流していた。そして彼もまた、シンへと深く頭を下げた 。
「……我々こそ……すまなかった……」
憎しみの氷が、ゆっくりと溶けていく。二つの共同体は、指導者たちの死と、遺された者たちの涙によって、ようやく一つになろうとしていた 。
数日後、アンダーランドには再生の槌音が響いていた。シンたちの指揮のもと、両派の住民たちが協力し、バリケードを撤去し、壊れた区画を修復していく 。『レガシー』の高度な技術と、ゾルグ派が持つ旧式の力強い建設機械。二つの時代の力が、初めて未来を創るために一つになったのだ 。
その喧騒の中、シンは必死に一人の女性の姿を探していた。母、ミナだ。父アキトを失い、祖母エタも失った今、母だけは、絶対に失うわけにはいかなかった。
やがて、旧ゾルグ派の居住区画の隅にある、簡易的な医務室で彼は母と再会を果たした。ミナは痩せてはいたが、その瞳には確かな光が宿っていた。
「母さん! 無事だったんだな……!いったい、どうしてここに…?ゾルグ派の区画にいると聞いて、俺は……」
駆け寄るシン。彼の言葉は驚きと安堵、そして何が起きたのか分からないという深い混乱に満ちていた。
だが、ミナは静かに首を横に振った。
「……違うの、シン。私は、あの人に……ゾルグに、命を救われたのよ」
「え……?」
ミナは、静かに語り始めた。シンと父アキトが地表へ旅立った後、アンダーランドの食料事情は日に日に悪化し、彼女もまた飢えと病で倒れてしまったこと。シン派の烙印を押され、誰にも助けてもらえず、死を覚悟したこと。
そんな彼女を偶然見つけたのが、配給所を視察していたゾルグ本人だったという。
「周りの者たちは言ったわ。『こいつは裏切り者シンの母親だ』と。でも、ゾルグはそれを一喝したの」
(ミナの回想)
一喝されたゾルグ派の部下は納得いかなかった。
「ゾルグ様、こいつは……」
「黙れ。こいつはシンのお袋である前に、病に苦しむ一人の女だ。……敵の家族かもしれん。だが、病の女一人見捨てて、胸を張れる王国が築けるか!俺たちの食料を分け与えろ。手厚く看病してやれ」
「しかし……!」
「いいか。シンとの決着はここではない!病人をいたぶるのは、俺の仁義に反する。……それに、もし俺があの世で妻や娘に会った時、『お前の代わりに守るべきもんも守れなかったのか』と、笑われちまうからな」
ミナの話を聞き、シンは言葉を失った。直前まで自分が憎み、そしてこの手で倒した男が、その戦いの裏で自分の母親を彼自身の「仁義」と、亡き家族への想いによって守っていた。父アキトの犠牲の上に掴んだ未来。その裏側で敵である男が自分の家族を救っていた。そのあまりにも重い事実に、シンの胸は張り裂けそうになった。
「彼は最後まで夫の技術を認め、あなたのことも果敢な奴と認めていたわ。崩落の件がなければ、手を取りあう未来もあったでしょうね……」
シンは母の手を強く握りしめた。彼の流す涙は、もはや、ただの勝利の涙ではなかった。それは、道を違え救うことのできなかった、もう一人の偉大なリーダーへの、心からの鎮魂の祈り(レクイエム)だった。




