第7話 最後の説得
『レガシー』の修理は急ピッチで進められた。船内はかつてないほど静かな、しかし熱い決意に満ちていた。もう誰もゾルグをただの敵だとは思っていない。
彼は道を違えてしまったもう一人のリーダーだった。
「ザイン隊長。次の作戦プランです」
シンはKMSのホログラムを表示させた。そこに映し出されたのは戦闘シミュレーションではない。『レガシー』が持つ高度な採掘用ドリルと物質転送装置を使った、『ファントム・ロック』の安全な除去計画だった。
「俺たちは戦いに行くんじゃない。彼らを救いに行くんだ」
数時間後『レガシー』は再びその巨体を浮上させた。
目的地はゾルグの要塞ではない。彼が命を削りながら掘り進めている危険な鉱脈だった。
船は武装を解いている。全てのシールドを下げ攻撃の意思がないことを明確に示した。
だがその平和的な意図はすぐに打ち砕かれた。彼らの接近を察知した移動要塞が地響きと共にその進路を塞いだのだ。無数の砲門が再び『レガシー』へと向けられる。
『……何のつもりだ、シン』
ゾルグの声が響いた。その声には怒りよりも深い戸惑いの色が滲んでいた。
『降伏しに来たのか。それとも命乞いか』
シンは船外スピーカーを通じて直接語りかけた。
彼の声はアンダーランドの全ての区画へと響き渡った。
「ゾルグ。俺たちは君が何をしようとしているのか知っている」
シンはKMSのデータをアンダーランドの全てのモニターに投影した。
そこに映し出されたのは禍々しい赤い光を放つ『ファントム・ロック』の鉱脈。そしてそれが共同体を静かに蝕んでいく汚染のシミュレーションだった。
「君はこの毒からみんなを守ろうとしていた。たった一人でこの絶望的な戦いを続けていたんだな」
ゾルグ派の兵士たちに動揺が走る。
自分たちのリーダーの真の目的。それを初めて知った者も少なくなかった。
「君のやっていることは正しい」
シンは続けた。その声にはゾルグへの深い敬意が込められていた。
「だがその方法が間違っている。君のその英雄的な行為が、君を信じる仲間たちを苦しめている。その手で彼らを死へと追いやっているんだ!」
そしてシンは最後の提案を口にした。
「俺たちに手伝わせてくれ。この『レガシー』にはその鉱石を安全に除去できる技術がある。誰一人犠牲にすることなくこのアンダーランドを救うことができるんだ。これは罠じゃない。俺たち全員が生き残るための唯一の道だ!」
そのあまりにも真っ直ぐな言葉。
それはゾルグの固く閉ざされた心を確かに揺さぶった。
彼が守りたかった仲間。その命を自分が危険に晒していたという事実。
KMSがそしてシンが自分と同じ目的を持っていたという真実。
彼の表情に一瞬だけ深い苦悩の色が浮かんだ。
だが。
その心の揺らぎは次の瞬間、より強固でより悲劇的なプライドによって塗りつぶされた。
彼はシンからの救いの手を憐れみだと感じてしまったのだ。KMSが解決できなかった問題を自分たちが命がけで対処した。その事実こそが彼の誇りだったからだ。
『……今更何を……』
ゾルグは吐き捨てるように言った。その声は震えていた。
『……KMSのお偉いさん方が解決できなかった尻拭いを俺たちがしてきたんだ。それを最後の最後で横からかっさらうつもりか。その哀れみだけは受け取れん……!』
彼は自らの玉座から立ち上がった。
『俺たちは俺たちのやり方で仲間を守る。俺たちの誇りにかけてな!』
シンの最後の説得は届かなかった。
いや、届いていた。
届いていたからこそ彼は拒絶したのだ。自らのこれまでの全てを否定しないために。
『……問答は終わりだ、シン』
ゾルグの声が冷たく響き渡る。
『この戦いでどちらが本物か決めようじゃないか』
移動要塞の全ての砲門が再びそのエネルギーを充填し始めた。シンは静かに目を閉じた。
そして開いた。その瞳にはもう迷いも同情もなかった。
ただ道を違えてしまった友を、その悲劇から解放するための冷徹な覚悟だけが宿っていた。
「……ザイン隊長。総員、戦闘準備」
シンは短く告げた。
人類の未来をかけた最後の、そしてあまりにも悲しい兄弟喧嘩が、今、始まろうとしていた。




