第5話 憎しみの根源
『レガシー』の船内は重い沈黙に支配されていた。
先の戦闘とゾルグとの電波を介した「正義」の応酬。それは探査隊の心に深い混乱の影を落としていた。武力で彼らを屈服させることはできるかもしれない。だがそれは本当に勝利と呼べるのだろうか。
シンの心の中でその問いが何度も繰り返された。
その時だった。
船内にかすかな警告音が響き渡る。
「シン! 船外に複数の人影!」
リラが声を潜めて言った。
スクリーンに映し出されたのは武装したゾルグ派の斥候部隊だった。彼らは『レガシー』の墜落現場を調査しに来たのだろう。数は多くない。五人だ。
「……好機だ」
シンは呟いた。「彼らからゾルグの真意を探る」
「しかしどうやって」
ザインが問い返す。
「力ずくじゃない。生け捕りにするんだ。一人でいい」
作戦は電光石火だった。ザインとガンナーが陽動として音響弾を斥候部隊の逆方向へと撃ち込む。斥候たちがその音に気を取られた一瞬の隙。
ケンが背後から音もなく駆け寄り、最後尾にいた一番若い兵士を気絶させ船内へと引きずり込んだ。全ては数秒の出来事だった。
しばらくして若い兵士は目を覚ました。
彼は自分が見知らぬ清潔な医療ベッドの上に寝かされていることに気づき混乱した。
「……ここは……」
「気がついたか」
シンの声に彼は飛び起きた。そしてシンたちの顔を見るなり憎悪に満ちた目で叫んだ。
「KMSの犬め! 殺せ!」
「俺たちは君を殺す気はない」
シンは静かに言った。「ただ話が聞きたいだけだ」
「貴様らと話すことなど何もない!」
兵士は敵意を剥き出しにする。
シンはため息をつくと彼に一杯の水を差し出した。それは地表のオアシスで汲んだ清らかな水だった。
兵士は訝しげにそれを見つめた。
「……毒か?」
「違う。ただの水だ。飲んでくれ。君も喉が渇いているだろう」
そのあまりにも真っ当な優しさ。それが逆に若い兵士の心を揺さぶった。
彼はおそるおそるその水を口に含んだ。
アンダーランドの濁った水とは比べ物にならない。その本来の水の味に彼の目から知らず涙がこぼれた。
その心の隙間を見逃さずティアが静かに彼に近づいた。
「……あなたはとても苦しんでいるのですね」
ティアの澄んだ声が響く。
「うるさい! 俺たちの苦しみが、お前たちに分かってたまるか!」
兵士は叫んだ。だがその声は震えていた。
「教えてください」
ティアは続けた。「あなたたちの本当の痛みを」
そのあまりにも純粋な問いかけに若い兵士の心のダムがついに決壊し、彼は嗚咽しながら語り始めた。
ゾルグの、そして自分たちの憎しみの根源を。
それはシンたちが生まれる少し前の出来事だったという。アウロラの力が弱まり始め、共同体の秩序が初めて大きく揺らいだ、『大停電』の時代。KMSの機能が数週間にわたって麻痺し、共同体が混乱していたあの頃、ゾルグはまだ一介の、しかし誰からも尊敬される採掘夫のリーダーだった。彼には愛する妻とそして生まれたばかりの娘がいた。
ある日、大規模な落盤事故が起きた。旧式の採掘区画で。
ゾルグの妻と娘を含む多くの家族が岩盤の下敷きとなった。
当時、部分的に機能を回復していたKMSの管理委員会は、救助に難色を示した。KMSの確率論が『救助は二次災害のリスクが高く非効率である』と弾き出したからだ。
「……ゾルグさんは三日三晩、岩を掘り続けた。俺たち採掘仲間もあとから続いたそうだ。だが……」
若い兵士の声が途切れる。
「……俺たちが見つけたのはもう冷たくなった奥さんと、その腕の中で息絶えている赤ん坊の姿だった……」
その日を境にゾルグは変わった。
彼はKMSをそしてその冷たい確率論を心から憎むようになった。人の命を効率で測る新しいやり方を。彼はKMSから見捨てられた人々を集めた。病に苦しむ者や仕事を失った者たちだ。そして彼らに仕事と誇り、そして互いに支え合う「仁義」を与えた。
その結果、ゾルグは認められ長老の一人となった。
「……ゾルグさんは俺たちの命の恩人なんだ。彼だけが俺たちを人間として扱ってくれた。だから俺はあの人のためなら死ねる……!」
若い兵士は泣きじゃくりながら全てを語った。探査隊はただ黙ってそのあまりにも悲しい真実を聞いていた。
ゾルグはただの独裁者ではなかった。
彼は愛するものをシステムの非情さによって奪われた一人の悲劇の男だったのだ。
そして彼はその絶望的な愛と憎しみを原動力に、自分なりの「正義」を貫こうとしていた。
シンの心にゾルグへの憎しみはもうなかった。
ただ同じ時代に生きそして道を違えてしまった、もう一人の自分を見るかのような深い共感がそこにあった。
だがどうすればいい?
この悲劇の連鎖をどうすれば断ち切ることができるのか。その答えを彼はまだ見つけられずにいた。




