第2話 要塞都市アンダーランド
激しい衝撃音と金属の軋む音を最後に『レガシー』は完全に沈黙した。
船内には非常灯の赤い光だけが点滅する。火花を散らすケーブルと焦げ付いた匂いが充満していた。
「全員無事か!」
ザイン隊長が衝撃で緩んだシートベルトを外し叫んだ。
「ケン、ガンナー、応答しろ!」
「……大丈夫です、隊長」
後部座席からケンの細い声が返ってきた。ガンナーも腕を押さえながら無事を知らせる。
「リラ、ティアは!?」
シンが非常灯の明かりを頼りにコックピットを見回した。リラは頭を打ったらしく額から血を流している。だが彼女は自分のことよりも隣でぐったりとしているティアを必死にかばっていた。
「ティアは無事よ……。でも船が……」
シンはひび割れた窓の外を見た。
ここはアンダーランドの古い廃棄区画だ。かつて旧式の機械や不要な資材が山のように打ち捨てられた場所である。『レガシー』はその鉄の墓場のど真ん中に突き刺さるように墜落していた。左翼エンジンは見るも無残に大破している。船体の至る所から黒い煙が立ち上っていた。
「くそっ……。帰ってきて早々これかよ……」
ガンナーが悪態をつく。だがシンに絶望している時間はなかった。
「リラ、船の状況を。KMSはまだ生きているか?」
「ええ。メインシステムはかろうじて無事。でも動力炉が緊急停止しているわ。再起動には外部からの物理的な修理が必要よ」
「偵察用の小型ドローンは使えるか?」
「……数機ならなんとか」
シンは決断した。「ザイン隊長、ガンナー、ケン。船の周囲を警戒してください。ゾルグ派の追手が来るかもしれない」
「了解した」
「リラ。ドローンを飛ばす。俺たちはここからゾルグの王国を偵察するんだ」
リラはシンの意図をすぐに理解した。彼女はコンソールを操作し、残された数機のステルス機能付き小型ドローンを発進させた。
ドローンは墜落した『レガシー』の傷口から音もなく飛び立つ。そしてアンダーランドの闇に溶け込むように消えていった。
コックピットのメインスクリーンにドローンからの映像が送られてくる。そこに映し出された光景に探査隊は再び言葉を失った。ゾルグ派が支配する区画はもはや彼らが知るアンダーランドではなかった。
KMSによる整然とした区画整理は完全に無視されていた。通路にはスクラップから作られた独自の居住区画が無秩序に増設されている。
中央のエネルギー供給ラインから違法に電力が引き込まれていた。そのエネルギーで旧式の強力な作業機械が新たなトンネルを掘削している。
彼らはKMSの管理を離れ、自分たちの手でこの地下都市を拡張し独自の社会を築き上げていたのだ。
「信じられない。あいつら旧文明の手引書にも載っていないような古い技術をどこで……」
リラが驚愕の声を上げる。
「見てください。あれは……」
ケンが映像の一点を指差した。
そこには水耕栽培施設ではない。土を使った原始的な畑が作られていた。そこで働く者たちの顔は皆一様に痩せこけている。だがその目にはKMSに管理されていた頃にはなかった力強い光が宿っていた。
そして映像はゾルグの要塞の中心部を捉えた。
彼はかつての長老議事堂を自らの玉座へと作り変えていた。その周囲には武装した親衛隊が並ぶ。そして彼の前には多くの住民たちがひれ伏していた。
彼は恐怖と原始的なカリスマでこの新たな王国を支配している。
「シン。彼らは俺たちとは違う『未来』を選んだんだ」
ザインが静かに呟いた。
「アウロラの管理された平和じゃない。自分たちの手で未来を切り拓く混沌とした自由を……」
シンはスクリーンに映るゾルグの傲慢な横顔をただ黙って見つめていた。
彼がやっていることは間違っている。その先に待っているのは父祖が辿った破滅の道だ。
だがそこにいる人々の力強い瞳。彼らは本当に不幸なのだろうか。
シンの心にこれまで感じたことのない新たな問いが生まれていた。
自分たちが信じる「正義」は本当に唯一の答えなのだろうか。
その迷いを打ち消すかのようにKMSが新たな警告を発した。
『警告。ゾルグ派の武装部隊がこちらへ接近中』
スクリーンに武装した兵士たちの姿が映し出される。
彼らは墜落した『レガシー』を完全に包囲しようとしていた。
「……話している時間はなさそうだな」
シンは立ち上がった。
「ザイン隊長、迎撃の準備を。俺たちの戦いはまだ終わっていない」
彼の瞳の迷いは消えていた。
今はただ生き延びてそして問うしかない。
どちらの未来が正しいのかを。
この最後の戦場で。




