第1話 帰還、そして最後の戦場
『レガシー』は地表から続く長い縦穴を抜け、ついに巨大な地下空洞へと到達した。
眼下に広がるのは忘れもしない、故郷アンダーランドの街並み。だがその姿は変わり果てていた。
はるか頭上には、かつて菌類の森が淡い光を放っていた空洞の「天井」が、今は不気味な闇として広がっている。そして、その「空」から見下ろす故郷は要塞と化していた。
シンたちが旅立つ前まで共同体の中心だった中央広場は、今やスクラップと瓦礫で築かれた巨大なバリケードで封鎖されていた。煌々と輝いていたKMSのメインタワーはその光を失っている。代わりに無数の粗末な監視塔が不気味な赤い光を点滅させていた。
ゾルグはこの地下都市を彼自身の要塞へと作り変えてしまったのだ。
「……ひどい。まるで墓場のようだ」
ケンがコックピットの窓からその光景を見つめ、絶望的な声を漏らした。
「いやケン。これは墓場じゃない。戦場だ」
ザイン隊長が静かに、しかし厳しい声で訂正した。彼の目は要塞の戦略的な配置と武装した兵士たちの動きを冷静に分析していた。
『警告。未登録の武装システムを多数確認。船体への照準ロックオンを確認』
リラのKMSが冷たい警告を発した。
次の瞬間、要塞の至る所から旧式の対空砲が一斉にその砲門を『レガシー』へと向けた。そのどれもが明らかに殺傷能力を持つものだった。
『……何者だ。我が王国に土足で踏み入る愚か者は』
KMSのオープンチャネルを通じて歪んだ、そして傲慢さに満ちたゾルグの声が響き渡った。
「ゾルグ! 俺だ、シンだ!」
シンは船長席からマイクを掴んで叫んだ。
「俺たちは帰ってきた! 地球の未来と共に!」
シンの声に要塞の監視塔の一つがざわめいた。だがゾルグの声は冷ややかだった。
『……シンだと? KMSの亡霊がまだ生きていたか。だが貴様のおとぎ話はもう終わった。このアンダーランドは俺が支配する。アウロラの偽りの希望ではなく力と現実でな』
「違う! 俺たちはこの星を再生させる方法を見つけたんだ! ゾルグ、お前の力もそのために必要なんだ! もう争いはやめよう!」
シンは必死に訴えかけた。
だがその言葉はもはや彼の心には届かない。
『……面白い冗談だ。ならばその未来とやらを見せてみろ』
ゾルグが嘲笑う。
『お前たちのそのピカピカのおもちゃが、俺たちの鉄の城塞に傷一つつけられるかな?』
その言葉が引き金だった。ゾルグの一斉射撃の号令と共に、要塞の全ての対空砲が火を噴いた。無数の光の矢が『レガシー』へと殺到する。
「シールド最大! 回避行動!」
ザインが叫ぶ。
『レガシー』はその巨体を翻しエネルギー弾の雨を紙一重でかわしていく。
だが数発が船体を掠めた。分厚い装甲が激しい衝撃音と共に火花を散らす。
「シン! このままでは撃ち落とされる!」
リラが悲鳴に近い声を上げた。
「ガンナー、ケン、応戦しろ!」
ザインの指示に二人は即座にパルス砲のトリガーを引いた。
だがシンはそれを大声で制した。
「待て! 撃つな!」
「しかしシン隊長!」
「撃てば全面戦争になる! 彼らは俺たちの同胞なんだ!」
シンのそのあまりにも甘い決断。その一瞬のためらいが命取りとなった。
ゾルグ派の集中砲火が『レガシー』の左翼エンジンを正確に捉えた。
船体が大きく傾き、制御不能のきりもみ状態となって落下していく。
「くそっ……!」
ザインが必死に操縦桿を立て直そうとする。だがもう遅い。
『レガシー』は黒い煙を吹きながらアンダーランドの居住区画から遠く離れた古い廃棄区画へと墜落していった。
人類の最後の希望を乗せた船は、帰還わずか数分でその翼を折られた。
シンたちの最後の戦いはあまりにも絶望的な幕開けを告げたのだった。




