プロローグ:星の産声
極北の空に放たれた純白の光は、地球という惑星の新たな産声だった。
三つのサテライト・コアは繋がり、再生の律動は死にかけたこの星の隅々へと、ゆっくりと確実に広がっていく。
探査隊の新たな船『レガシー』は、その生まれ変わりつつある世界の上を進路を南へ、故郷へと向かって静かに進んでいた。
コックピットの窓から見える風景は彼らが旅してきた道とはまるで違っていた。
氷原は解け、凍土の下から太古の大地が顔を覗かせる。石の森と化していた死の大地にはうっすらと緑色の苔が芽吹き始めていた。空を覆っていた鉛色の雲は薄れ、その切れ間から本来の深い蒼色が覗いている。
星は癒え始めていた。
「……綺麗……」
リラはその光景に思わず息を呑んだ。
「ああ。だが、まだだ」
船長席に座るシンは穏やかな表情だったが、その瞳の奥に最後の戦いへの覚悟を宿していた。
「この星で一番深くて暗い傷がまだ癒えていない」
船内では最後の決戦に向けた準備が黙々と進められていた。
ガンナーとケンはパルス砲の整備に余念がない。ザイン隊長はKMSに表示される旧文明の地形データを食い入るように見つめ、来るべき戦いの戦術を練っていた。
彼らはもはやただの探査隊ではない。人類の未来をその双肩に背負い、最後の戦争へと向かう帰還兵だった。
「……シン。アンダーランドの座標が近いわ」
リラのKMSが微弱な、しかし明らかに人工的なエネルギー反応を捉えた。
「ティア。感じるか?」
シンが隣に座るティアに問いかける。ティアは静かに頷いた。
「はい。この先から大きな歪な感情の渦が流れてきます。それは悲しみと怒り、そして諦め。あの場所だけがこの星の再生の律動から取り残されています」
やがて彼らは、KMSが示す、かつて『最上層ゲート』と呼ばれた座標へと到達した。
地表には、巨大なクレーターのような、地下世界へと続く巨大な縦穴が、ぽっかりと口を開けていた。
シンは、最後の決戦の地を前に、静かに降下の命令を下す。
『レガシー』は、故郷へと続く、暗い、暗い、その深淵へとその機首を向けた。
アンダーランド内某所。
ゾルグが支配するアンダーランドの一角に、古びた壁画が煤に汚れながらも大切に保存されていた 。それはシンたちが地表へ旅立つ前にあったものではなく、ゾルグが共同体の各所から集めさせた、アウロラ到来以前のより古い時代の記録だった。
青い空と緑の大地。豊かな果実を手に笑う人々 。その壁画の前で、ゾルグは子供たちを集めていた。
「ゾルグ様、どうしてKMSのすごい映像じゃなくて、こんな古い絵を見せるの?」
子供の純粋な問いに、ゾルグは壁画の祖先の姿を、その節くれ立った指で優しくなぞりながら答えた。
「坊主、KMSが映すのは所詮光る絵だ。だがな、この壁画にはこれば描いたじいさんやばあさんたちの『想い』が込められている。腹いっぱい食いたい、日の光を浴びたい、家族と笑い合いたい……そういう計算じゃ表せない温かいものだ。俺たちはその想いを継ぐためにここで生きているんだ」
彼は立ち上がると、自らが新たに開拓した、土を使った原始的な畑を指差した 。
「俺たちは祖先がそうしたように、自らの手で土を耕し命を育む。KMSの光る板を眺めているだけでは、この土の匂いも、汗のしょっぱさも、仲間とパンを分け合う温かさも分かりはしない。それこそが、俺たちの『王国』の誇りだ。忘れるな」
子供たちの瞳には、KMSの知識とは違う、力強い、生きることへの確信の光が宿っていた。




