第32話:夜明けの律動
絶対的な絶望の化身であった氷雪の管理者はオーロラのような美しい光の粒子となり極北の空へと昇華していった。
後に残されたのは全ての絶望が洗い流されたかのような、どこまでも清浄な静寂と、彼らの目の前に荘厳な姿を現した最後のサテライト・コアだった。
探査隊はエタ長老との永遠の別れをその心に深く刻みながら静かにコアへと歩みを進めた。仲間たちの誰もが涙を流すことはない。悲しみに暮れることはエタの、そしてアキトの命を賭した覚悟を裏切ることになる。彼らの心に宿っていたのは悲しみではなく、二人の偉大な魂が遺してくれた温かく、そしてあまりにも重い使命感だけだった。
「リラ、コアの状況は?」
シンの声は静かだったが、その響きは以前とは比べ物にならないほど力強く深みを増していた。
「……システム、オールグリーン。エネルギーグリッド、接続準備完了しています」
リラはKMSのコンソールを操作しながら答えた。
「いつでも起動できます。ですが……」
彼女はいぶかしげに続けた。
「このコアの起動シーケエンスはこれまでの二つとは根本的に違うわ。技術的なパズルも心の試練を課すような問いかけもない。ただ一つだけ……『人類の代表者による最終承認』を求めている」
「最終承認……」
シンはその言葉の意味を理解した。
アウロラ、そしてこの星のコアは最後の最後の選択を彼ら人類に委ねているのだ。
本当にこの星を再生させる覚悟があるのか、と。
過去の過ちを乗り越えこの星の責任ある継承者となる覚悟があるのか、と。
シンは仲間たちを見回した。
リラ、ケン、ザイン、ガンナー。そして彼の腕の中で静かに彼を見上げるティア。
誰もが無言で、しかし力強く彼に頷き返した。
彼らの想いは一つだった。
シンは一人コアへと進み出た。
彼は氷のように冷たいが、どこか温かみを感じるコアの表面にそっと手を触れた。
そして人類の代表として静かに、しかしはっきり告げた。
「……俺たちは選ぶ。この星と共に生きていく未来を」
その覚悟の言葉が引き金となった。
最後のサテライト・コアがまばゆい純白の光を天へと放った。
光は極北の空を突き抜け、そして不可視のエネルギーの波となって地球全体へと広がっていく。
森のコアが緑の光でそれに呼応する。
砂漠のコアが青い光でそれに応える。
三つの光が惑星規模のエネルギーグリッドとして繋がり、一つの巨大な生命の律動を奏で始めた。
その瞬間、探査隊の脳裏にこの星の未来のビジョンが流れ込んできた。
――極北の厚い氷がゆっくりと溶け始め、その下に数万年もの間眠っていた太古の豊かな大地が姿を現す。
――砂漠のオアシスから緑が広がり始め、乾いた大地を潤していく。
――そして世界中の汚染された大気と海が、この巨大な再生の律動によってゆっくりと、しかし確実に浄化されていく。
「……これが……」
ケンはそのあまりにも荘厳な光景に涙を流す。
「……俺たちが守りたかった未来……」
彼らは成し遂げたのだ。
父が、祖母が、そして名もなき多くの仲間たちが命を賭して繋いだ希望。
そのバトンを彼らは確かに未来へと繋いだのだ。
歓喜と安堵に包まれる探査隊。
だがその中でティアだけがどこか寂しげな瞳でその光景を見つめていた。
「……ティア?」
シンが彼女に声をかける。
「……シン。地球の再生は始まりました。ですがこれを完全に終わらせるためには……」
彼女は続けた。
「……私がこの星のコアネットワークと一つになる必要があります。私の個としての存在を犠牲にしてこの星の生命そのものとなるのです」
「そんな……! それじゃあ君は……!」
「ですがまだその時は来ていません」
ティアはシンの言葉を遮った。
「この星にはまだ一つだけ癒やされていない深い深い傷が残っています。それは……」
彼女はKMSのマップに表示された一点を指差した。
地下都市アンダーランド。
「惑星が癒えても人の心が争いを続けるのなら歴史はまた繰り返されます。アウロラが最も恐れていた結末に」
ティアの言葉は彼らに最後の使命を告げていた。
「ゾルグが体現する人類の内なる争い。それを乗り越えてこそ人類は真の『夜明け』を迎えることができるのです」
彼らの旅は終わった。
だが彼らの最後の「戦い」がこれから始まろうとしていた。
シンは『レガシー』の船長席に座ると仲間たちに告げた。
「……帰ろう。俺たちの故郷へ」
その声にはもう迷いも悲しみもなかった。
ただ全ての想いを背負い最後のけじめをつける王の覚悟だけが宿っていた。
『レガシー』は進路を南へ。
人類の真の夜明けをその手に掴むために。
彼らは最後の戦場へと帰還する。




