第30話:極北の凍土
本日2話目です。
死の大地を飲み込んだ磁気嵐は探査隊から全ての光と方向感覚を奪った。
『レガシー』は木の葉のように翻弄され、船内ではKMSのけたたましい警告音と固定されていない機材が床を滑る轟音が鳴り響く。
「ダメだ、制御不能!」
ザインが操縦桿と格闘しながら叫ぶ。リラもメインコンソールに必死に向かうがディスプレイは砂嵐の映像のようにノイズを撒き散らすだけだった。
「総員、衝撃に備えろ!」
シンの絶叫とほぼ同時に船体は凄まじい衝撃と共に大きく傾いた。金属がねじ曲がる悲鳴のような音を最後に探査隊の意識は闇に飲まれた。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
シンの意識を覚醒させたのは凍えるような寒さだった。
「……ここは……」
見上げるとひび割れたコックピットの窓の外には、見たこともない光景が広がっていた。
どこまでも続く白い雪と氷の大地。空は病的なほどに白く、弱々しい太陽の光が氷原に反射して目を焼く。吹き付ける風は刃のように冷たかった。
「……どうやら俺たちは目的地まで『運ばれて』きたようだな」
頭を押さえながらガンナーが皮肉っぽく言った。
幸い全員命に別状はなかった。『レガシー』の武骨なまでの装甲が墜落の衝撃からかろうじて彼らを守り抜いたのだ。
だが船の損傷は深刻だった。船体は大きく歪み、氷の大地に半分埋もれている。
「KMSはかろうじて生きているわ。でもメインの動力炉が衝撃で緊急停止している。再起動には時間がかかる……」
リラが青ざめた顔で報告する。
彼らはこの極寒の地で動かぬ鉄の塊の中に完全に孤立した。
数日間、彼らの必死の修理作業が続いた。
外はマイナス50度を下回る極寒の世界。防護服のヒーターを最大にしても数十分で手足の感覚は麻痺していく。彼らは交代で船外に出て凍りついた船体の修理を必死に続けた。
この極北の地はただ寒いだけではなかった。
時折、KMSの予測を遥かに超える猛烈な吹雪「ホワイトアウト」が彼らを襲う。それは数時間にわたって視界の全てを白一色の世界へと変え、方向感覚を完全に麻痺させた。
ある日、吹雪が止んだ後、ケンは信じられないものを発見した。
『レガシー』から数キロ離れた氷の中に黒い巨大な何かが閉じ込められていたのだ。
それは旧文明時代の別の探査車両の残骸だった。
KMSでそのデータを照合する。乗員は全員その場で凍死していた。彼らもまたこの極北の地に挑み、そして敗れ去ったのだ。
その静かなしかし雄弁な死の光景は、探査隊の心に重い絶望の影を落とした。
修理作業が7日目を迎えた夜。
船内の予備電源も底をつきかけ、彼らの心が完全に折れそうになっていたその時だった。
「……シン!」
リラの叫び声に全員が顔を上げた。
KMSのホログラムディスプレイが奇跡的に安定した通信回線を捉えていた。
アンダーランドからの通信だった。
ディスプレイに懐かしい、しかし信じられないほどにやつれ果てたエタ長老の顔が映し出された。
『……シン……聞こえるかい……』
その声はあまりにも弱々しかった。
「エタ長老! 無事だったんですね!」
シンがコンソールに駆け寄る。
『……ああ……だがアンダーランドは……もう、限界だ……』
エタは途切れ途切れに故郷の惨状を語った。ゾルグは共同体のほぼ全てをその手に収めた。彼に反対する者たちは食料も水も奪われ、今や彼の独裁にただひれ伏すしか生きる道はないのだと。
『……シン……決して、戻ってはならん……』
エタは最後の力を振り絞るように言った。
『……わたしにしかできん……最後の仕事が、残っておる……』
「最後の仕事?」
『……このアンダーランドのKMSの全てのエネルギーを……わたしの生命と共に解放する……。それはきっとお前たちの最後の戦いの助けとなるはず……』
「エタ長老! そんなことをしたらあなたは!」
『……シン。わたしはアウロラと共に創世記を生きた。そしてお前たちという未来を見てきた。これからの未来を紡ぐために……』
エタは優しく微笑んだ。
『……未来を頼んだぞ……我が誇り高き孫よ……』
その言葉を最後に通信は完全に途絶えた。
船内は重い重い沈黙に包まれた。
故郷はもはや滅びを待つだけの場所となった。そしてその創生の母は自らの命を未来への最後の希望として捧げようとしていた。
その絶望的な静寂を切り裂いたのはKMSのこれまで聞いたこともない最大級の警告音だった。
『警告。前方、超巨大エネルギー反応を検知。急速接近』
シンたちが窓の外を見る。
吹き荒れる吹雪の向こう側。白い大地そのものがまるで生き物のようにゆっくりと隆起していくのが見えた。
それは機械ではない。山でもない。
全てを凍てつかせ全てを無に還す、絶対的な静寂と絶望の化身。
氷雪の管理者がついにその姿を現した。




