第26話:鎮魂の祈り
『レガシー』は攻撃の意思がないことを示すかのように、ゆっくりと嘆きの化身へと近づいていく。
その接近にガーディアンの怒りはさらに増幅された。渦巻く砂の嵐がより激しくなり、憎悪の思念が探査隊の心に直接叩きつけられる。
それはもはや言葉ではない。純粋な感情の奔流だった。
『オオオオオオオッ!!!』
探査隊の脳裏に凄まじいビジョンが流れ込んできた。
――ザインとガンナーは見た。旧文明の兵士の最後の瞬間を。敵の姿も見えない塹壕の中で故郷に残してきたまだ見ぬ我が子の写真を握りしめ、「なぜ、俺が」と血の涙を流しながら絶命する姿を。
――ケンとリラは感じた。地下シェルターで迫りくる爆音に幼い我が子をその身を盾にして必死に守ろうとする母親の絶望的な恐怖を。「ごめんね、ごめんね」と何度も繰り返しながら崩れ落ちる天井に飲み込まれていくその無念を。
――そしてシンとティアは、核の閃光に焼かれた街の広場で一瞬にしてその存在を抹消された無数の魂の声なき叫びを。何が起きたのかも理解できず、ただ「熱い」「眩しい」と最後の瞬間だけを永遠に繰り返し続けている子供たちの途方もない混乱と悲しみを。
「……う……あ……っ」
ケンがヘルメットの中でえずいた。リラもその場に崩れ落ちそうになるのを必死にコンソールに掴まって耐えている。ザインとガンナーでさえその顔は青ざめ呼吸は荒くなっていた。
これが戦争。
これが人類が自らの手で生み出した地獄。
「……シン……」
ティアがシンの手を強く握りしめた。彼女の瞳は涙で濡れていた。だがその奥には揺るぎない決意の光が宿っていた。
「……私が、行きます」
シンは頷いた。
「一人じゃない。俺も一緒だ」
シンに守られるようにしてティアが『レガシー』の上部ハッチからその姿を現した。
吹き荒れる憎しみの嵐の中。彼女は目を閉じその小さな両手を天へと掲げた。
そして彼女は歌うように祈り始めた。
それは森で奏でた生命を呼び覚ます喜びの歌ではない。
この砂漠に囚われた数えきれない魂をその苦しみから解放するための、深く優しい鎮魂歌だった。
彼女の体から金色の光が放たれる。
その光はガーディアンの憎悪の渦の中へとゆっくりと、確かに染み込んでいく。
ティアの祈りは探査隊の全ての想いを乗せて行き場のない魂たちに語りかけた。
――兵士たちの怒りと絶望に彼女は告げた。
『あなたの戦いはもう終わりました。あなたのその勇気ある犠牲は決して無駄ではなかった。だからどうか安らかに。その重い重い武器を置いて』
――子供を守ろうとした母親の恐怖と無念に彼女は寄り添った。
『あなたは最後までその子を守り抜きました。あなたの愛は確かにここにあります。だからもう大丈夫。もう何も恐れることはないのです』
――核の閃光にその存在を奪われた無数の魂に、彼女は優しく語りかけた。
『あなたは一人じゃありません。眩しかったでしょう。熱かったでしょう。でもそれももう、終わり。見てください。夜空にはこんなにも美しい星々が輝いている。さあ一緒に帰りましょう。私たちの本当の故郷へ』
ティアの祈りは憎しみの嵐とぶつかり合うのではない。
その全ての痛みと悲しみをただ静かに、そして優しく包み込んでいく。
『オオオ……オォ……』
ガーディアンの怒りの咆哮が徐々にその勢いを失っていく。
憎しみで渦巻いていた砂の体がゆっくりとその形を緩めていく。
その渦巻く砂の中に一瞬、無数の人々の顔が幻のように浮かび上がっては消えていった。ある者は安らかに微笑み、ある者は涙を流しながら天へと昇っていく。
彼らの長い長い苦しみが今、ティアの祈りによって浄化され解放されていく。
やがてガーディアンの巨大な砂の体は完全にその形を失い、静かに穏やかに砂漠の大地へと還っていった。
あれほど吹き荒れていた憎しみの嵐は完全に消え去った。
後に残されたのは夕陽に照らされた美しい黄金色の砂漠と、どこまでもどこまでも続く完全な静寂だけだった。
彼らは勝ったのではない。
彼らはこの星の巨大な悲しみを一つ癒やしたのだ。
そしてその行為こそが人類が過去の過ちを乗り越えるための真の「戦い」であることを、シンはその心に深く深く刻み込んだ。
憎しみの化身が消え去ったその先に。
第二のサテライト・コアがまるで彼らの行いを祝福するかのように穏やかで清らかな青い光を放ち始めていた。




