第25話:憎しみの化身
王者の咆哮が探査隊の脳内に響き渡り、次の瞬間、天をも衝く巨大な砂の蛇――デザート・ガーディアンがその巨大な顎を開いて『レガシー』へと襲いかかってきた。
「総員、対衝撃姿勢!」
ザイン隊長の怒号が飛ぶ。
轟音と共に凄まじい衝撃が船体を襲った。それは物理的な攻撃というよりも砂嵐そのものが質量を持って彼らを押し潰そうとしているかのようだった。『レガシー』の分厚い装甲がミシミシと悲鳴を上げる。
「怯むな! 攻撃を開始する!」
シンが船長席から檄を飛ばす。
「ガンナー、ケン! 奴の動きを止めろ!」
『レガシー』に搭載された二門の連装パルス砲が火を噴き、エネルギー弾がガーディアンの巨体へと吸い込まれていく。だがその体はびくともしない。エネルギー弾は虚しく砂の体をすり抜けていくだけだ。攻撃の衝撃でわずかに霧散した砂も次の瞬間には周囲から取り込まれ、完全にその体を再生させてしまう。
「ダメだ、シン! まるで幽霊を相手にしているみたいだ!」
ガンナーが忌々しげに吐き捨てる。
「リラ! KMSで弱点は分からないのか!?」
「それが、おかしいの……」
リラはKMSの分析画面に表示されるデータに首を捻っていた。
「物理的な構造体としての『核』が見当たらない。ただ無数の本当に数えきれないほどの微弱なエネルギー反応が混沌と渦巻いているだけ……これは機械じゃないわ!」
その時ずっと目を閉じ、ガーディアンの放つ禍々しいプレッシャーに耐えていたティアが苦痛に顔を歪ませながら喘ぐように言った。
「……聞こえる……声が……たくさんの、たくさんの、声が……!」
「声? ティア、何が見えるんだ!」
シンが彼女の小さな肩を強く掴む。
ティアの蒼い瞳はもはや目の前の砂の巨人を映してはいなかった。彼女はこの砂漠に刻み込まれた数百年分の絶望の記憶そのものを見ていた。
「……兵士たちの、声がする……『なぜ、俺たちが死ななければならない』、『家族に、会いたい』……そう言って、泣いている……」
「……お母さんの、声もする……『お願い、この子だけは助けて』……そう言って、誰かを、守ろうとしている……」
ティアの言葉は探査隊の心に重く突き刺さった。このガーディアンはただの機械ではない。
そしてティアはさらにその記憶の深淵へと潜っていく。
「……何も見えない……何も聞こえない……ただ眩しい……熱い……お母さん、どこ……? そう言って迷子になった、小さな子供たちもたくさん……」
ティアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「彼らは……自分が死んだことにさえ気づいていない。最後の瞬間の恐怖と痛みと憎しみだけをずっとずっとこの砂漠で繰り返し叫び続けているのです……」
そのあまりにも悲痛なビジョン。
探査隊の誰もが言葉を失った。
このデザート・ガーディアンの正体。それは単一のAIや機械生命体などではない。
最終戦争の最も激しい戦場であったこの砂漠地帯で命を落とした兵士、そして何の罪もない無数の民間人。彼らの断末魔の思念、その「憎しみ」と「悲しみ」の集合体がこの星の異常なエネルギーと旧文明のナノマシンの残骸と結びつき形を成した、巨大な嘆きの化身だったのだ。
特に核兵器の閃光の中で何が起きたかも理解できぬまま一瞬にしてその存在を抹消された者たちの行き場のない魂がこのガーディアンの決して癒えることのない核となっていた。
シンは理解した。なぜ物理攻撃が効かないのか。なぜこの存在がこれほどの怒りを撒き散らしているのか。
これは敵ではない。
過去の人類がその手で生み出してしまったあまりにも巨大で、あまりにも悲しい墓標そのものなのだ。
父アキトが命を賭して自分に未来を託した。その未来の先で自分はこの人類の罪の化身と再び同じ過ちを繰り返そうとしていたのか。
「……攻撃、やめ」
シンは静かに、しかし断固として仲間たちに命じた。
「シン!?」ザインが驚きの声を上げる。
「何を言っている! 今、攻撃をやめれば我々がやられるぞ!」
「それでも、撃つな!」シンの声は揺るぎなかった。
「俺たちは墓石にライフルを撃ち込むためにここに来たんじゃない。そうだろ、隊長」
シンは立ち上がると操縦席のザインに向かって力強く言った。
「ザイン隊長。船をガーディアンのもっと近くへ。俺は……彼らと話をしなければならない」
「話すだと!? 正気か!」
「正気だ。力で憎しみを制圧しようとした人類、いや父祖たちのその狂気から俺たちは卒業しなければならないんだ」
シンのあまりにもまっすぐな瞳を見てザインは言葉を失った。
彼はこの若きリーダーの中に人類の新たな「進化」の可能性を確かに見ていた。
「……了解した。全責任は、俺が取る」
ザインは短くそう答えると、ゆっくりと『レガシー』を嘆きの化身へと近づけていった。
ガーディアンは攻撃を止めた『レガシー』の意図を測りかねるかのようにその巨大な鎌首をもたげ、赤い瞳で侵入者たちを睨みつけていた。
その憎悪の嵐の中心へとシンたちは自らの意志で足を踏み入れていく。
それは戦いではない。
数百年分の悲しみに向き合うためのあまりにも孤独で、そしてあまりにも尊い対話の始まりだった。




