第24話:砂塵の王
鉄の墓場を後にした探査隊の新たな船『レガシー』は赤褐色の砂漠を力強く進んでいた。
その姿はかつての『アルゴス』のようにスマートな探査車両ではない。旧文明の武骨で巨大な装甲輸送車をベースにアンダーランドの技術を融合させた歪で、しかし圧倒的な存在感を放つキメラ。だが今の彼らにとっては何よりも頼もしい希望の箱舟だった。
「……すごいな。この安定感は『アルゴス』の比じゃない」
操縦桿を握るザイン隊長が感嘆の声を漏らした。巨大なキャタピラはどんなに不安定な砂地でも大地を鷲掴みにするように確実に捉える。分厚い複合装甲は灼熱の太陽と放射線を含んだ砂塵を完全にシャットアウトし、車内は徒歩での旅が嘘のような安全と静けさに満ちていた。動力炉に据えられた「鋼の心臓」が静かで力強い鼓動を船全体に伝えている。
「KMSのセンサーも安定しているわ。この船のシールドのおかげで外部のノイズに干渉されずに、より精密な探査が可能よ」
広くなったコンソールでリラは快適に、そしてより深くKMSのデータを解析していた。ガンナーとケンもまた新たに取り付けられた連装パルス砲の砲座で満足げにその性能を確認している。誰もが自分たちの手で組み上げたこの船に深い愛着と誇りを感じていた。
シンは船長席からその光景を静かに見つめていた。『レガシー』はただの機械ではない。仲間たちの知恵と勇気、そして父アキトが遺してくれた技術の魂そのものだ。この船で必ずやり遂げてみせる。人類の未来をこの手で掴むのだ。
その穏やかな決意に満ちた空気を、不意にか細い声が揺らした。
「……シン。この先……とても大きな何かが、怒っています」
彼の隣でティアが窓の外をじっと見つめながら呟いた。
「怒って…?」
「はい。この砂漠の砂の一粒一粒が叫んでいるようです。永い間誰も聞いてくれなかった深い怒りと……悲しみで……」
彼女の言葉の意味をシンはまだ理解できなかった。だがティアの感覚がこれまで何度も彼らを救ってきたことを彼は知っていた。シンはKMSの通信機を手に取り全クルーに警告した。
「全員、警戒レベルを一段階引き上げろ。何が起きても即座に対応できるように備えろ」
『レガシー』が砂漠地帯の中心部、次のサテライト・コアの座標へと近づくにつれてティアの言葉を裏付けるように世界の様子が急激に変化し始めた。
それまで雲一つなかったはずの空がにわかに黄色い砂塵の雲に覆われ太陽の光を遮っていく。風が唸りを上げ始め、船体に砂が叩きつけられる音が徐々に激しくなっていった。
「……おかしい。KMSの気象予測にこんな変化はなかったはず」
リラが眉をひそめる。
次の瞬間、彼女のKMSがけたたましい警告音を発した。
「シン! 前方に超巨大なエネルギー反応! これまで遭遇したどの機械生命体とも比べ物にならない!」
その時だった。
地平線の彼方に巨大な砂の壁がゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。
それは天と地を繋ぐ巨大な竜巻。いや、違う。意思を持った巨大な砂の津波が猛烈な勢いでこちらへと向かってくる。
「砂嵐か!? ザイン隊長、回避を!」
「ダメだ、シン! 早すぎる! 飲み込まれるぞ!」
ゴオオオオオオオッ!
天地を揺るがすほどの凄まじい轟音と共に『レガシー』は、巨大な砂嵐のその渦の中へと完全に飲み込まれた。
視界はゼロ。船体は木の葉のように激しく揺さぶられ、分厚い装甲に砂の粒子が叩きつけられる不気味な音が響き渡る。
だがそれはただの自然現象ではなかった。
シンたちの目の前で渦巻いていた砂嵐が、まるで一つの生命を形作るかのように収束し凝縮し、巨大な「何か」のシルエットを作り上げていく。
天をも衝くほどの巨大な蛇。
その体は砂漠の砂そのもので構成され、その鱗は旧文明の兵器の残骸であろう鈍い金属の光を放っている。そしてその頭部には灼熱の太陽のように二つの巨大な赤い瞳が爛々と輝いていた。
『……我が眠りを、妨げる者は、誰だ……』
思念の声が嵐の轟音と共に探査隊の脳内に直接響き渡った。
それは森の守護者たちのような静かな問いかけではない。この不毛の大地を数百年という永い時間支配してきた絶対的な王者の咆哮だった。
「……これが、デザート・ガーディアン……」
リラが戦慄に満ちた声で呟く。
『……我が、砂塵の海にて永遠に彷徨うがいい……』
砂漠の管理者。砂塵の王がその巨大な鎌首をもたげ、探査隊の『レガシー』へとその牙を剥こうとしていた。彼らはこの星の最も根源的な怒り、そして悲しみそのものと今、対峙したのだ。




