第23話:鋼の心臓
その日から眠る巨人の墓場は人類の未来を鍛え上げる熱い希望の造船所へとその姿を変えた。
その日から彼らの絶望的な状況下での途方もない挑戦が始まった。
リラが『レガシー』の旧式システムと自分たちのKMSを同期させる作業に当たっていた時、偶然古いネットワークの残骸から暗号化されたデータパケットを発発見した。
「シン、これを見て…」
彼女が解析した画面に映し出されたのは旧文明のただのシステムログではなかった。「ユニット・ゼロ」と名乗る存在が数百年間にわたって記録していた極めて断片的なパーソナルログだった。
『記録88,431:デザート・ガーディアンの活動を抑制。我がエネルギー残量、63.14%。地下の人類は私が守る』
『記録152,011:森の『嘆きの獣』が同胞を喰らう。介入したい。だが私の役目は人類の生存圏の確保。非情であれ。感情はノイズだ』
『記録210,555:地下への侵入を試みる機械生命体の群れを排除。アウロラから受信された地下世界名、アンダーランドは急激な文明レベルの発展はあるものの未だ自らの足で立つ準備ができていないようだ。もうわずかなエネルギー残量ではこれ以上守り切れない…』
シンとリラはその記録に言葉を失った。自分たちがアンダーランドで平和に暮らしている間、たった一体のAIが彼らの知らない場所で孤独に絶望的な戦いを続けてくれていたのだ。
「彼女が…俺たちを守っていてくれたのか…」
シンの呟きにリラは静かに頷いた。彼らがこれから向かう先に待つ脅威の正体と自分たちが背負う使命の本当の重さを、二人は改めてその胸に刻み込んだ。
KMSの情報からステアリング機構、動力伝達用のギア、そしてエネルギーを各部に送るための特殊な合金で作られたケーブル。そのほとんどがこの鉄の墓場のどこかに眠っているはずだった。
「ケン! 左翼のエンジンブロックだ! そこにあるサスペンションユニットを回収する!」
高台で周囲を警戒していたザインがリニアの残骸から残骸へと飛び移るケンに指示を飛ばす。ケンの動きにはもはやかつてのような恐怖の色はない。この過酷な旅が彼を一人前の戦士へと変えていた。
「了解!」
ケンがユニットの取り外しにかかる間、ザインとガンナーが周囲をうろつく機械の蟻「スカベンジャー」たちを正確無比な狙撃で牽制する。弾丸を節約するため威嚇射撃が主だ。一発撃つたびにスカベンジャーたちの赤い単眼がこちらを向く。そのたびに心臓が凍るような緊張が走った。
「シン! こっちだ! このコンテナの中に動力ケーブルの束が手付かずで残っている!」
別の区画を探索していたリラから通信が入る。
シンはティアを伴いリラと合流した。地中深くに埋まった貨物用リニアのコンテナは分厚い隔壁で固く閉ざされている。
「俺がこじ開ける」
シンがプラズマカッターを構えたその時。
「……待って」
ティアがそっとコンテナの表面に手を触れた。
「この中……とても、静か。でもとても、悲しい。長い間誰にも見つけてもらえなくてずっと一人で泣いている」
彼女の言葉の意味をシンは理解できなかった。だがティアが手を触れた瞬間、数百年固く閉ざされていたコンテナのロックがまるで彼女に応えるかのようにカチリと静かにその機能を解除した。彼女の不思議な力は時にどんな技術をも凌駕する。
こうして彼らは命がけのサルベージ作業を続けた。昼夜の感覚はとうに失われ、彼らを支えるのはKMSが示す作業時間と残りわずかな栄養ペーストだけだった。
格納庫は彼らの熱気と希望に満ちた工房と化した。ガンナーがその屈強な腕で巨大な部品を溶接し組み上げていく。プラズマ溶接の閃光が彼の真剣な横顔を照らした。リラはKMSを駆使し異なる規格のパーツを組み合わせるための無数のシミュレーションを繰り返す。その瞳は解析モニターの光を反射し、深く知的に輝いていた。
歪で、しかしあらゆる脅威を想定して組み上げられたその姿は、まるで絶望の荒野を生き抜くために進化した異形の生命体のようだった。
そしてついに最後の、そして最も重要な作業の時が来た。
この鉄の巨体に新たな「心臓」を移植するのだ。
シンは仲間たちが見守る中、『アルゴス』から回収した小型かつ超高効率の高エネルギー生成装置を慎重に船の中央にある空っぽの動力炉へと設置した。アンダーランドの最新技術と旧文明の武骨で頑強なハードウェア。二つの異なる時代の魂が今、シンの手によって一つになろうとしていた。
「……接続、完了。リラ、頼む」
「了解。……エネルギー、注入、開始します」
リラの指がコンソールを叩く。
高エネルギー生成装置が静かだが力強い鼓動を始めた。エネルギーが船体の隅々へと流れ込んでいく。格納庫の古びた照明が一つまた一つと力強く点灯していく。
その時だった。
バチッ!!!
船体から激しい火花が散り全ての照明が再び闇に飲まれた。
「くそっ! 過負荷だ! 古いケーブルが俺たちのエネルギーに耐えきれなかったんだ!」
シンが叫ぶ。同時に格納庫の巨大なブラストドアに外から激しい衝撃音が何度も何度も叩きつけられ始めた。エネルギーの異常なスパークを感知したスカベンジャーの群れが一斉にこの場所へと殺到してきたのだ。
「隊長! ドアが、持ちません!」
ケンの悲鳴に近い声。
絶望的な状況。暗闇の中シンは必死に原因を探した。
(父さんなら、どうする……? 父さんなら……!)
その時、彼の隣でティアがそっと船体の壁に手を触れていた。
「……ここ……。この場所が一番、苦しそう」
彼女が指差したのは動力炉のすぐ側にある無数のケーブルが複雑に絡み合った補助エネルギーラインだった。KMSの設計図にも載っていない旧文明の技術者が独自に増設したであろう箇所。
シンはティアの言葉を信じ、暗闇の中手探りでその回路を手動でバイパスさせた。そしてシンは最後の予備バッテリーをKMSに接続し叫んだ。
「リラ! もう一度だ!」
リラが頷く。
再びエネルギーが船体へと流れ込む。
ドドン……ッ!
という地響きのような重く力強い鼓動が格納庫全体に響き渡った。
「砂漠の船」の二つの巨大なヘッドライトがカッと力強い光を放ち闇を切り裂いた。鋼の心臓はついにその鼓動を再開したのだ。
格納庫のブラストドアが轟音と共に開かれていく。その先にいた無数のスカベンジャーたちは突如として現れた光と音の圧倒的な威圧感を放つ鉄の巨人を前に戸惑い、そしてゆっくりと後退していった。
シンたちは新たに組み上げたその船に乗り込んだ。
操縦桿を握るシンの手に父の、そしてこの船を創り上げた仲間たちの温かい想いが伝わってくるようだった。
「この船に、名前をつけましょう」
ティアが静かに言った。
「父さんが、エタ長老が、そしてゼロが遺してくれた全ての想いを継いで未来へ進む船……」
シンは仲間たちの顔を見回し、そして力強く言った。
「この船の名は、『レガシー』だ」
父が遺してくれた技術の魂。
アウロラが遺した最後の希望。
彼らはその全てを背負い『レガシー』を発進させた。巨人の墓場を後にし再び赤褐色の荒野へとその巨体を進め始めた。
次の目的地、デザート・コアを目指して。




