第22話:砂漠の船
眠る巨人の墓場と化した旧文明の交通ハブ。その片隅で探査隊は息を殺していた。
彼らの目の前には無数の機械の蟻「スカベンジャー」たちが黙々と、そして不気味に残骸を解体し続けている。そしてその群れの向こう側には彼らの最後の希望となりうる地下格納庫への閉ざされた扉があった。
「……どうする、シン。あの数をまともに相手にはできないぞ」
ザイン隊長が低い声で呟いた。彼の百戦錬磨の経験をもってしてもあの無数の群れを突破することは不可能に思えた。
「それに奴らはただの機械じゃない。縄張りを持ち連携して行動する一個の『社会』を形成している。下手に手を出せばこの遺跡全体を敵に回すことになる」
リラの冷静な分析が状況の絶望さをさらに際立たせた。
シンはスカベンジャーたちの規則正しい動きをじっと観察していた。彼らは特定の種類の金属やエネルギー反応が残る部品に優先的に群がっているようだった。
「……リラ。奴らの注意を一点に引きつけることはできるか?」
「引きつける? どうやって?」
「エネルギーだ」シンは自分たちが『アルゴス』から回収した数少ない予備バッテリーの一つを指差した。
「こいつをわざとオーバーロードさせる。KMSでスカベンジャーたちが最も好む高エネルギー体の反応に偽装して、奴らを一箇所に誘き寄せるんだ」
それはあまりにも危険な賭けだった。予備バッテリーは彼らの生命線だ。それを囮に使う。失敗すれば彼らはエネルギーを失い、この鉄の墓場で本当に朽ち果てることになる。
「……面白い。やってみる価値は、あるな」
ザインがシンの無謀な作戦に不敵な笑みを浮かべて同意した。
「成功確率は34%。でもこのまま何もしなければ生存確率は限りなくゼロに近いわ」
リラもまた覚悟を決めた。
作戦は始まった。
まず陽動の「餌」を仕掛ける最も危険な役目をケンとガンナーが引き受けた。
「ケン、俺から離れるなよ」
ガンナーの寡黙だが頼もしい言葉にケンは力強く頷いた。二人は猫のように音を殺して残骸の影から影へと駆け抜けていく。彼らの数十メートル先ではスカベンジャーたちが金属を削る不快な音を立て続けていた。
ケンがスカベンジャーの注意を引かぬよう、そっと陽動用のバッテリーを巨大なリニアの残骸の影に設置する。
高台でその全てを監視していたシンがリラに合図を送る。
「……リラ、やれ!」
リラの指がKMSのコンソールを叩く。
次の瞬間、遺跡の遥か彼方でバッテリーがまばゆい光と強烈なエネルギーパルスを放って破裂した。
その光にスカベンジャーたちの動きがピタリと止まった。
全ての赤い単眼が一斉に光の発生源へと向けられる。
そして次の瞬間。
ザザザザザザザッ!!!!
無数の機械の蟻たちが、まるで一つの巨大な生き物のようにそのエネルギー源へと殺到していった。
「今だ! 行くぞ!」
シンの号令と共に探査隊はスカベンジャーたちが去ったがら空きの格納庫の入り口へと一気に駆け出した。
数体の見張り役らしきスカベンジャーが残っていたが、それらはザインとガンナーの正確無比な射撃によって瞬時にその機能を停止した。
彼らはついに地下格納庫の巨大なブラストドアの前にたどり着いた。
「リラ!」
「任せて!」
リラはKMSをドアの制御盤に接続し、古代のロックシステムのハッキングを開始する。数百年分の電子の埃を彼女の指が猛烈な勢いで払い除けていく。
背後では陽動に気づいたスカベンジャーたちが再びこちらへ戻ってくる気配がしていた。
ゴゴゴゴゴ……!
リラの額に汗が光ったその時。重々しい金属の軋む音と共にブラストドアがゆっくりとその口を開いた。
彼らはその隙間に転がり込むようにして滑り込んだ。
そして彼らはそれと対面した。
格納庫の広大な闇の中。
埃をかぶり静かな眠りについている巨大な鉄の獣。
それはリニアでも航空機でもなかった。旧文明時代の軍事用超大型装甲輸送車。砂漠のような不整地を走破するために作られた巨大なキャタピラを持つ、まさに「砂漠の船」だった。
「……生きていたか」
シンはその圧倒的な存在感を前に思わず呟いた。
その船は格納庫に守られ、外の残骸とは比べ物にならないほど良好な状態を保っていた。分厚い装甲は最終戦争の傷跡さえほとんど見られない。
だが。
「……ダメだ。パワーユニットが抜かれている」
リラがKMSのスキャン結果を見て絶望的な声を上げた。
心臓部である動力炉は無数のケーブルがだらりと垂れ下がっている。それは魂を抜かれたただの巨大な鉄の骸だった。
希望の船を見つけたが、その船を動かすための心臓はどこにもなかった。
格納庫の外から戻ってきたスカベンジャーたちの無数の赤い単眼が再び彼らを監視し始めていた。
シンは目の前の死んだ巨人と、そして自分たちが『アルゴス』から回収した小さくも強力な高エネルギー生成装置を見比べた。
「……俺たちの手で、こいつに新しい心臓を与えてやるんだ」
その呟きは絶望の淵で発せられた、新たな、そしてあまりにも無謀な挑戦の始まりを告げていた。




