第20話:鉄の蜃気楼
本日2話目です。
再生の森が地平線の彼方へと消えていく。その鮮やかな緑はこの赤褐色の荒野において、まるではかない幻だったかのように感じられた。探査隊は次のサテライト・コアが眠る広大な砂漠地帯へとその歩みを進めていた。
森がもたらしてくれたつかの間の安らぎはもうない。
彼らを包むのは灼熱の太陽とどこまでも続く不毛の砂の大地だけだった。昼は防護服の冷却機能がなければ数分で意識を失うほどの酷暑。夜は放射冷却によって全てが凍てつく極寒の世界へと姿を変える。
数日が経過し、彼らの状況は絶望的なほどに悪化していた。
「……水が、残りわずかだ」
ガンナーが水筒の最後の一滴を慎重に口に含みながらかすれた声で言った。
彼らが持つ浄水フィルターはあくまで汚染された水を浄化するためのもの。水そのものが存在しないこの砂漠においては何の役にも立たなかった。アンダーランドからの凶報は彼らの心だけでなく肉体をも確実に蝕み始めていた。
「このままでは目的地にたどり着く前に全員の生命維持機能が停止するわ」
リラはKMSに表示された残酷なシミュレーション結果を前に唇を噛み締めた。徒歩での横断は最初から無謀だったのだ。その事実が重く彼らにのしかかる。
もうこれ以上は進めない。誰もがそう思い始めたその時だった。
「……隊長。あれは……」
双眼鏡で遠くの警戒を続けていたケンが信じられないといった様子で声を上げた。
彼の視線の先、陽炎が揺らめく地平線に何かが陽光を反射してきらりと光っていた。それは自然の岩肌の光ではない。明らかに人工的な金属の輝きだった。
「蜃気楼か……?」
ザインが自らの双眼鏡を覗く。そこに見えたのは砂に半分埋もれながらも天へと向かって伸びる巨大な塔のような構造物と、そこから放射状に広がる錆びついたレールの残骸だった。
「……違う。これは旧文明の……交通ハブの遺跡だ」
リラがKMSの古い地図データと照合し断定した。
「おそらく惑星間を繋ぐ軌道エレベーターか、あるいは大陸横断の超高速鉄道のターミナル……。どちらにせよそこには何らかの『乗り物』の残骸が残されているかもしれない」
それは死の砂漠の真ん中に現れたあまりにも都合の良い幻のような希望だった。
だが彼らにもはやそれに賭ける以外の選択肢は残されていなかった。
「……行くぞ」
シンは決断した。彼の声は乾ききっていたが、その瞳には最後の希望の光が宿っていた。
「あの鉄の蜃気楼へ。そこに俺たちの最後の望みを託す」
彼らはルートを変更した。KMSが示す最短かつ最も安全なルート。それでもそこまでの道のりは彼らの残された体力と資源ではあまりにも遠い。
シンは仲間たちの顔を見回した。誰もが疲労と渇きで限界寸前だった。だがその瞳の奥にはまだ諦めの色は浮かんでいない。
父の死、故郷の内戦、そしてこの絶望的な状況。その全てを乗り越え彼らはまだ未来を信じようとしていた。
「ティア。大丈夫か」
シンは彼の隣を歩くティアに声をかけた。彼女はこの灼熱の砂漠でも不思議と苦しそうな表情を見せることはなかった。
「……はい。この大地は悲しんでいますが、まだ死んではいませんから」
彼女はそう言うと乾いた砂にそっとその小さな手を触れた。
彼らは歩き続けた。
意識が朦朧としていく。一歩また一歩と足が鉛のように重くなっていく。
ケンがついに膝から崩れ落ちた。
「……もう、無理です……隊長……」
「ケン! しっかりしろ!」
ザインが彼を力ずくで立たせようとする。だがそのザインの体ももはや限界だった。
もう終わりなのか。
シンが砂の上に倒れ込みそうになったその時。
「……シン」
ティアの澄んだ声が彼の意識をかろうじて繋ぎ止めた。
彼女が指差す先、砂丘の向こうに巨大な鉄の建造物群がその全貌を現していた。
錆びつき砂に埋もれ風化し、まるで古代の巨人の墓標のように静かにそこに存在していた。
鉄の蜃気楼。
それは幻ではなかった。
彼らはついにたどり着いたのだ。
人類がかつてこの星を自由に駆け巡っていた時代の忘れ去られた遺産の前に。




